2014年07月07日

誰も止めていない。飛び立てるんだ!

マイナス感情、あるいは敵意って
どうして起こるんだろう?

ある本では、過去の「傷つき」から
きていると読んだことがあります。

敵意がそうだとは、なかなか思えない。

例えば、不良少年が傷ついているとは
なかなか思えない。

傷ついている、となると、弱者のイメージがあるけれど
悪いことばかりして、ましてや、親を殴るけるような
真似をする息子のことを「傷ついている」とは
周りも親もとらないだろう。

なにも暴力におよばなくとも、
心の傷は「否定」され、いみじくなった
心の底に、おとなしく宿ることになります。

親や周りに自分を認めてもらえず、
否定され続けてきた辛さは
当の本人にしか分からないことでしょう。

自分のありのままの姿、
生きている存在自体を受け入れてもらえて
人ははじめて愛を感じます。

そこにいるだけで、大切だよと
無条件で受け入れてもらえる、
そう期待して生まれてくるのですから。

赤ん坊のときに、抱かれることを
おびえている赤ん坊は一人もいません。

それが成長するにつけ、
親に否定され、先生に否定され、
だんだんと、いじけて、ひねくれてくるのですね。。

つまりは、勉強ができれば、素晴らしい子、
良い子でいれば素晴らしい子、という
条件付で認められているということ。

つまり、そうでなければ、必要のない子
という裏のメッセージをちゃんと
子どもは受け取っています。

親の愛を獲得したいいっぱいの子供は
やがて条件付でも、それを受け入れるように
なっていくのです。

親が子どもを取り込んでしまえば、
子どもの自由意思は阻害されることになってしまいます。

自分の中に親の考えで動いている
自分にいつしか気づくのか?
それとも気づかないで生涯を終えるか?

本当の自立は、自分自身を出して、
ありのままの自分で、世の中と立ち向かって
いった先にあります。手(グー)

誰の考えでもない、自分の中から
自然発生的に、自然のままに出てくる
そういったものを感じるとき、
人はそれを、何かに動かされているようで
ありながらも、自分自身を本当に感じる
時なのではないでしょうか?

深く傷つききった心の傷を癒して、
明るい未来への扉を開こう!

飛び立てるんだよ!

誰も止めてはいない。

止めているものがあるとすれば、
それは、自分自身の心が一番に止めているんだ。

上大岡トメさんのようになりたい私

『上大岡トメのネタがいっぱい』
https://www.1101.com/tome/2005-04-22.html

鬱日な今日は、ピーマン植えて、
大好きな、上大岡トメさんのブログを
覗きにいってます。。

トメさんは、イラストレーター。
一級建築士の資格もお持ちです。

う〜ん。ただのイラストレーターでは
なさそう・・。

著書『キッパリ!』で、大ブレイクしてからと
いうもの、インタビュアーにひっきりなしの
人気者になってしまったトメさん。

イラストに出てくる女性は、丸顔なんですが、
トメさんは、それとはまた別な雰囲気の
スラリとした細身な感じの方。

でも、ブログも読んでいて、分かりますが、
ユニークで素敵な女性です。

旦那さん、一途な尽くすタイプ、
ついていくタイプにも感じます。

あとは、ブログを読まれてください。

また、トメさん情報、個人的に好きなので
アップできたらいいな〜思います。

上大岡トメさんのようになりたい
私でした〜。

畑は無心になれるから良い

今日は鬱気味なので、
雨上がりに、ピーマンの苗を植えてみました〜。

畑は、無心になってできるから
いいわ〜。

右端はパセリ。

その横に、ちょこんと置いている鉢は
ローズマリーの鉢です。

ピーマン.JPG



ハッシュド・カウチ・ポテト?

スーパーで購入してきた豆苗を
食べたあと、水につけていたら、
再び生えてきました〜。

豆苗.JPG

その豆苗を上に載せて、
ハッシュドポテトを焼き、
あとは、最近、お気にの、
野菜と冷凍鶏唐の混ぜたもの。
(ドレッシングは加えています)

今日は、出かける予定が、
人に会えない鬱モード。

家でパソパソしています。。

ハッシュドポテト.JPG



人に幸せにしてもらうことを求めても苦しいばかり

幼いころの、かたくなさがまた戻ってきたのか?

一時は、飲み友達も10人くらいはいて、
いつもカラオケに、飲みにいっていた時期もあり、
またネットビジネスをやっていた時期もあり
様々だ。

広く手を広げすぎると、たいていが
失敗する。
自分が痛みをともなうことを極力避けるように
なってきた。

するのだったら、家族のため、本当に大切な
人のため、なら努力や労力は惜しまない。
そういう考えになってきている。

昔は、ただいたずらに、人とつながりを持ち、
自分が、ほんろう、振り回されていた。

いずれ、何のために、こんなに四苦八苦しているのか?
自分でも分からなくなってきてしまった。

振り返れば、人に勧められるままにやってしまったり、
期待されてると勝手に思いこんでやっていたり、
と、独りよがりもいいとこだ。

一番そばで支えてくれている家族のことを
大事に思えないで、なんのための仕事、
なんのための、友達なんだ?

やがて自分の中の疑問を解くように
行動しはじめた。

そうだ!
まずは、家族からだ!

愛情ある、ぬくもりの家族、
これこそが私の望むものだったじゃないか!

それがいつしか、家族には、望めないと諦めて
外へと出ていってしまった私でした。

求めても得られないものを求めることこそ
辛い。

しかし、人に求めても幸せは得られるどころか
苦しいばかり。
幸せは自分でつかむもの。
自分で作り上げるものなのだということが
分かり、自分の考えが間違いだったことに
気づきます。ひらめき

幸せもまた、努力なしでは得られないものなのでした。

その根底にあるものが、もともとが
最悪(というと、あれですが)の状態なら
なおのこと努力は必要です。

今の状態が悪い人は、幸せになるための
道のりは、長く、人の何倍もの努力が必要になってきます。

それは、自分の蒔いた種でそうなっているのだから
種蒔きを変えるしか人生を変える道は無いのですから。

マイナスな状態にまでなってしまったのなら
プラスになる前に、0まで持っていく必要がある。

0までもきてないマイナスな状態なら
まず0になるところまで、がんばらないと・・。

もっと、ずっと、マイナスに引っ張られるだけです。

それはどんなに周りにマイナスな人がいようが
関係ありません。

ようは自分が決意して、マイナスからでも
プラスに転換する!と心で決意する
その心がプラスへと転じ変わらせるのです。

引っ張られる要因は多いですよ。
マイナスな人が周りに多ければ多いほど。

それも自分が引き寄せたのです。

自分と同じ波長の人が回りには、集まります。

同じ波長の人しか近寄れないようになっているのです。

だから、悪いことをしようとしても、
良い人には悪いことはできません。

悪いことをされるのも、その人に悪いことを
する人との縁があるからなんです。

原因は自分にあります。

自分が変われば、周りも変わります。

自然と環境も人も良くなってきます。

無理に好きになる必要ない

苦手なことはいつまでたっても苦手。

「事実なんて、どうだっていいんだ!」
と普段豪語しているのに、実際やるとなると
からっきし、、

やはり、しんどい時は、「しんどい」と
つい口から出てしまいます。

そう言うことで、気持ちを更に助長してしまうと
わかっいても・・。

「どっこいしょ」も口癖。

まあ、ある程度は、自分を許してあげないとね〜。

厳しすぎてもね〜。

元来が、自分に厳しい。

甘いところは、めちゃ甘!

内面が子供だから・・。

甘えたい年頃なのよん。

て。

掃除機苦手なんですよ〜。

習慣になるまでには、そ〜と〜毎日せなあかんわ〜。これ。

ほんまに、好きになるんかな〜?

好きになる必要ない?

あら、そう。目

お金に対するトラウマ

本を読んで気づいたのは、
私はたぶん、お金が無いことは
清いことだと思っているか、
あるいは、無い、無いと思うことで
よけいにお金の資質を落としているタイプだと
思いました。

しかし、ただそれだけの問題ではなく、
お金に対しては、私は大きなトラウマがあります。

働き神のように病気一つせずに働いてきた
両親の姿を見て育ちました。
なのに、その子供の私は年中何かしらの
病気をしているような弱い子供でした。もうやだ〜(悲しい顔)

その卑屈さ、弱さ、いじけ虫さ、といったら
ありません。
これが両親の子か?と思うほど。

しかし、晩年、蛙の子は蛙、と知らされる
ことになるのですが。

病気がちなのは、むしろ心に原因があったと
思います。
女の子?女性は心理状態が特に体に表れやすいと
聞いています。

私は、自分が病気になることで親の愛を獲得したかった。
それは潜在的にあるのは自分でも気づいていました。
何がなんでも愛が欲しかった。
死ぬ気で欲しかった。

それも、生半可な愛なんかじゃ、納得できない!
くらいの猛烈な思いを抱いていました。

なのに、両親は、仕事にあけくれる毎日で、
一緒に食卓を囲んでも「おいしいね」と
言いながらご飯を食べることもない。
おおよそ家族の会話らしいものは一つもありませんでした。

私の理想の家族像からはおおよそかけ離れていました。

失望のあまり、病気になったともいえると思います。

人生を諦めていました。
死んだように生きていました。

顔は無表情、青白く、いつもほそっこい体をしていました。

それでも、笑えないのに、けなげに笑いしていたから
周りには明るく見えたようです。
私は道化師だったんですけど・・。

「笑うなら笑うがいいさ」
というような冷淡な覚めた心で、
心の中は、そうでした。

虚無の世界です。

当時、哀れな美少女のイメージの私は
中年おやじに好かれました。
小学生のころから、なぜか近寄ってくるのは
中年おやじばかりでした。

自分を守るために、より強固に潔癖になっていきました。

石頭のように頑固に育った私は
高校を卒業して働きだしたウェイトレスでは、
「嫁にいけれんで〜」とウェイターに
言われる、かたくなさでした。

そんな私も親と同じように、働き神になっていました。

でも、お金に対しては恨みをずっと抱いていました。

親がずっと働いて、子供のことをほおっておいたから
私は病気になったと思い込みました。

だから、そうさせた、両親を奪った仕事が憎かった、
そうして、がむしゃらに貯めようとしている
お金が憎かった。

両親が仕事やお金に執着しなければ
私は病気になどならなくて済んだのに、
と、そう関連づけて考えたのです。

だから、私にとっては長年、仕事、お金は
敵であり、憎む対象だったのです。

私にとっては一番大事なのは愛、そして
もっとも大事なのは心だと捉えていたからです。

そんな価値観を両親は、気づくことすらありませんでした。

話し合いは無論無理。

理解不能と捉え、私の心のうちは一切親には
伝えませんでした。
それくらいかたくなに生きてきました。

自分の世界を強固なまでに作り上げたのです。

それが唯一、私の守る世界でした。

この世界の中だけで、私は生きられる、
そう信じて生きてきました。

だから、まだお金に対する恨みは
とれてないと思います。

これではお金は入ってきようがないですね。

お金が無いと欲しいものも買えないばかりか
生きていかれないのも分かるのですが、
私はどんな生活だったかというと
何十年も、ずっと食べさせてもらって生きてきたので
お金が無いと生きていかれないという事実が
いまだにピンとこないのです。
それは、無くなれば困るのですけれど
お金が無い=生きられないとは私の中では
腑に落ちないのです。
理解できません。

こんな感覚は健康で、まともに生きてこられた
方にはとんと理解しがたいことでしょうが、
私は昔から「霞食って生きていかれる」くらいに
考える、風来坊のような、ひょうひょうとしたところもあり、
放浪癖もありました。

なので、よけいにお金の価値観がわかりません。

昔、旦那さんがあんなに働いているのに!
と友達に指摘されましたが、それでもピンときません。

いまだによくピンとこないのですから、
元来のもともとの私の気質がこんな気質なのだと思います。

お金を自分では稼がないのに、お金に困ったことは
今まで一度もありませんでした。

周りがいつでも助けてくれました。

それは、自分にとっても、ありがたいことだったと思います。

貧乏で苦しい思いをしたこともありません。

主人にも、「お前は仕事には向いてない」と言われましたが、
それはどうか?わかりません。

楽しい仕事なら、向いてると思います。

元来、仕事とは苦しく困難なものと
思われていると思いますが、
私はそうは思いません。

今まではそうでしたが、もうもとの
ただ苦しいだけの仕事に戻る気はありません。

もう体質がそうなってきたし。

楽しみながら生活することが板についてきたし。

これは、既に波に乗っています。

この調子で、人生を楽しんでいけば
きっと良い結果になると、私自身は思っています。

人間、まず思うことが大事ですよね〜。

『人は思った通りの人間になる』とは
有名な言葉、ジェームス・アレンの言葉です。

お酒を止めて変わったこと

今止めていること。

お酒。

止めて約2週間ほどになります。

今回の決意は、かなり固く感じます。手(グー)

何度か止めることをしましたが、
再び再開するパターンが多かったです。

それも、向かうべき目標が明確でなかった
ことも理由だと思います。

自分は、このために、これをやり抜くために
この今のことをやる、という意識が明確になれば
できると思います。

お酒を止めてのメリットは、
酔っている時間が無くなったので
時間がその分有効に使えるようにったこと。

そして、お酒による害も無くなりました。

以前は、お酒に酔うと、よく友人に勢いで
メールをしてしまっていました。
けっこう調子よかったり、普段言えないことを
メールしてしまい、あとでまずいことに
なったりするのですよね〜。

それも無くなり、お酒を止めると
こんな良いことがあるんだな〜と今は実感しています。

これは今後も続けていく気持ちです。

短い人生、酔って何をやったか分からないより
より有益なことに時間をつかい、
後世に残るようなことに時間を使えたなら
きっと幸せな、また充実した人生になることだろうと
予測されます。

人生は、どちらかしかない。

欲を満たすためだけの人生か、
欲を生かして、価値のあることに使うか。

遣い方は自分次第だと思います。

お酒を飲むことが悪いと言っているのではなく
ただ慢性的に、無意識にしていることなら
意味の無いことになってしまうし、
後で、けっきょくは後悔するのなら
今つらくとも、乗り越えた先には
素晴らしい世界が見えてくるように感じます。

お酒をみんなと飲んで、交友を深めるうえでなら
良いことだと思いますよ。

あと、旦那さんとのくつろぎの時間とかね。

時には必要かと思います。

でも、ただストレスを晴らすために
憂さ晴らしに飲んで、けっきょく体を壊すような
飲み方なら早く止めたほうが良いと
私は思います。

自分も昔は、友人に注意されたときに
呑み込めない私でした。

でも、人生において、何が大事で
何が大事でないか、わかれば、
自分の選択肢は、おのずと決まってくるものだと
思うので、それは自然にそうなってくるのでは
ないかと思います。

何が楽なのか?

それは苦しみの先にあります。

苦しみから逃げている人は、
本当の楽しみも味わうことは
できません。

苦しみを乗り越えた先に、幸せが待っています。

何も努力しないで得られる幸せなど
この世にはありません。

何も、無理なことをするのではなく、
自分のペースでいいのです。

がんばれる時には、がんばる。

休むときは休む。

それでいいのではないかと思います。

ただ欲しい結果を得たいなら、
人並みなことをしていたのでは
得られないのも事実ではあります。

私の若いころの座右の銘は「若いうちの苦労は買ってでもしろ」でした。

その言葉のとおり、苦労しました。

でもそれはすべて肥やしになると思いやってきました。

今自分の中から、その時々で経験した感覚は
いつでも引き出せます。

忘れることもありますが、人間、頭で覚えたことは
すぐに忘れますが、体で覚えたことは
生涯忘れません。

だから経験が大事なのです。

経験が自信につながり、自信が経験を産むからです。

じゃじゃ馬ならし

新しい種類の本を手にしてみた。

なぜか幸運を引き寄せる人の習慣.JPG

昔から分析は好きで、分析癖があり、
常に自分と誰かを分析しているが・・。

自分の中である程度の統計学が出せるほど・・
分析はかなりしてきた。

占いはいただけないが、自分の傾向と対策は
ある程度つかめた。

私は、全くの直感型人間。
インスピレーションで生きているような人。

昔は思いつき人間で、思いつくかつかないうちに
既に行動しているくらい行動的でもあった。

もたもたしていたら考えに追いついていかない。

とにかく無鉄砲で、やりたいことがありすぎて
一時は一日は48時間欲しいと思った時期もあった。

やりたいだけやって、壁に激突して
泣きわめいて、ということの繰り返しの人生
送ってきた。

それも元気なときだけ。

病気のときはそのつけがきたのか?
ずっと寝ているしかなかった。
好奇心が旺盛で行動的、夢うつつの私は
家にしばられているのは苦痛以外の何物でもなかった。

その時期も通りこし、今はある程度、
自分を守るすべも覚えて、
安定もしてきた。

一応は、主人も、まずはまともになってきたな
と思っていると思う・・。

しかし、私の挑戦的性格は影をひそめているだけで
内心うずうずしている。

昔は「柱にしばりつけとくぞ!」言われそうなほどの
じゃじゃ馬で、主人はじゃじゃ馬ならし、
と、ある人にも言われたな〜(笑)

だけど、デリケートな絵を描くし、
繊細な部分も持っている。

この両極端な性格が、昔から自分でも
付き合いにくくて、今もなかなか苦労している。

金銭感覚も0に近い。

片づけができるようになってきたから
今度は金銭感覚を身に着けようと、
本も読んでいる。
最近では、家計簿もつけている。

すこ〜しずつ、衝動買いもお抑えられる
ようになってきて、忍耐も効いてくるように
なってきた。

好きな洋服や靴も最小限だ。

片づけができたから、把握ができ
いるものといらないものがよく分かるように
なってきた。

人間鍛錬だな〜と
つくづく思う。

一生困らないお金の使い方.JPG



広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。