2014年08月21日

大きな存在だった父

実家に来ています。

父が癌で亡くなり、5日になります。

葬儀も終わり、まだ時々、思い出しはするものの、
ある程度気持ちに、けじめをつけることが
できました。

これは、立ち直る一貫として書いています。

人が好きだった父は、誰からの相談にも乗る
ような、マメで優しい父でした。

人付き合いが多く、葬儀には多くの方が参列して
くださいました。

あまりにも人のことばかりしていたからか
自分のことがおろそかになり、病気に気付くのも
遅く、気がついたときには、大きな腫瘍がすでに
脳を犯してしまっていました。

3度にわたる大きな手術を乗り越えてきた父でしたが
入院して、わずか4か月足らずで、抗がん剤の治療も
むなしく、帰らぬ人となってしまいました。

私のことを、優しく大きな愛で包んで見守ってくれていた
父は、私の誇りであり、不器用ではあるけれど、愛すべき
存在でした。

忍耐強く、大変努力家で、勤勉家でもありました。

父の座右の銘は「一生勉強」「七転び八起き」。

どんな苦労も、苦しいと一言も
文句を言わず、いつも周りには明るい笑顔の人でした。

リンゴと腹巻と、バンダナの好きな、少し風変りの
あるところの、父もまた不可思議な人でした。

父と最後に、お酒を飲み交わしたときに
私に言った最後の言葉が「俺の人生やから」でした。

けっして人に弱みを見せることのない父が
いつになく、少し弱さを見せたその横顔を
今でも忘れることができません。

最後まで人のことを気遣う、優しい優しい父でした。

父の葬儀の日は、父にぴったりな「お天気雨」な
天候でした。

心で泣いて、いつも笑顔の父にふさわしい最後でした。

父が最後に残した言葉のとおり「俺の人生やから」と
父を変えようともした私への、贈る言葉だったのかも
しれません。

やはり知らされるのは、その人の業を周りが
変えることはできないという事実。

自分の人生は自分自身が生きるよりほかにないと
いう事実でした。

父の74年の人生を、讃え、娘として
できることは、父の意向を継ぎ、
私自身も、「一生勉強」という父の姿勢を
貫くこと、そうして、もう一つ、父母のために
決意していることがあります。

私の残りの人生で、成し遂げたいある一つの
ことを、これからは遂行していきたいと
考えています。

私にも、残された時間は、それほど長くはなく、
はたして父の歳まで生きて、目的を果たすことが
できるかどうか、わかりませんが、
父に会ったときに、褒めてもらえるような
娘になり、父との再会を、胸に誓いました。

私が思っていた以上に、大きな大きな存在の父、
生んでくれたことを、感謝するとともに、
その自分自身に誇りを持って生きていきます。

これからも。

ありがとう。お父さん。

大好きでした。

そして、これからも、ずっと変わりなく
お父さんのことが好であり続けることと思います。

たくさんの勇気と励ましを、ありがとう。

さようなら。お父さん。

かけがえのない時を、ありがとう。

いつまでも胸に刻みます。

ほんとうに、ありがとう。


広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。