2015年10月30日

お気に入りのもの・小さな幸せ

あるデパートで、置いてある、
ピリ辛鳥から揚げが、すんごく気に入り、
それと、辛味噌おにぎり。

これをセットで購入して食べるのが
定番になりそうなくらい、はまってしまった。

ちょうど鬱の入り口に入ったと
診察で分かった日の帰りに
なんか、自分を甘やかせてやろう、
と思い、デパートで観ていたら目に留まった。

辛いものが食べたかった。

観ただけで、おいしそう、と思った。

ちょうど、幼いころ、風邪をひいたときに
食べたアイスクリームのような感覚。

そんな懐かしい感覚になる。

それと、ブルーベリーミルク。

これも、前日は、近所のスーパーで
お菓子が、一つも選べなかったのに、
先生の言葉を聞いたとたん、帰りに
デパートで選べたドリンクで。

「選べた!」という喜びとともに
セットで記憶してしまった。

また、私のお気に入りのものになった。

あと、ミスド(ミスタードーナッツ)の
イチゴのリングのやつ、あれが妙に好きで。

見ただけで好きで。

なんか買いたくなる。

昨日は、その念願のリングのを購入すると
コーヒーを無料でくださって、
ラッキー!と思い。

その前にも、コーヒー屋さんで
無料のコーヒーを店内周りながら
飲んでいて。

わ〜、今日はコーヒーについてる!
と喜んだものだ。

小さな幸せ。

そうしながらも、デパートの待合室には
一人、ポツンと座る、ご老人がいて。

昔は、そういうの、いたたまれなくて。

話しかけにいこうか、という衝動にかられていたが。

今は、「それはそれで、その人の人生」
と観ている。

「自分もそうなるかもな」とも観ている。

老人になれば、親しき友や、多少の若い人に
慕われていたいな、というのが理想だが。

ユニセフの募金箱が、店内に、やたらと置いてあり、
募金、募金、と入れていく。

成功者になるような人は、自分がお金が無いときから
募金を心がけていた、というものな、と。

リターンというものは、まず投資しないと
かえってはこないし。

自利利他です。

自分のため、人のためです。

はい。

そんなわけで、今朝は、昨日の小さな幸せから
記事upしましたあ。

ゆうるりしているとタイミングよく回っていくよ

夜7時に寝ついて、夜中1時ころ起きる。

これは定着してきた。

ただ、ソファーでまだ寝ているが。

寝付くのは早い。

すぐ眠くなる。

起きるのも早いが、トータルで
6時間は寝ている。

ここ数日だが、6時間寝ている間、
一度も起きないというのが良い。

前はちょくちょく起きていた。

というのも、もしかしたら?
日中、外出や散歩などをして、動くこと
日の光を浴びること、が良いのかな?

気休め?でもあるが、「塩麴」を最近は
食べている。

「塩麴」を食べると、不眠に良いらしいと聞いたので。

自分が良いと思うこと、思い込めばそうなるので
その効果も出てくるかな、と思う。

あとは、波の音を聴くこと。

朝晩聴いている。

とても癒される。

ある人の送られてきたメールを読み
なんか気づいたことが。

「ゆうるりとしていたら、タイミング良く
まわっていきますよお」と。

ああ、そうか、と思った。

また、ゆうるりしてみよう。
posted by さつき at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 睡眠障害克服に向けて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月29日

私を縛っているもの、それは罪悪感

あるテレビを観ていて、気づいたことがある。

鬱的だから、あまり考えずにすむテレビを
無意識に、ぼ〜と観ている。

自分は、テレビなど観ない、
と思っていた。

本のほうがレベルが高いと。

それで、どこかテレビを観ている人を
馬鹿にしているところも少なからずもある。

それとは別に、考えなくてすむから
今テレビを観ているが。

自分の罪悪感にいまさらながらに気づかされた
番組があり、泣いてしまった。

その番組を観て、気づいたのは
いまだに、自分は罪の意識を抱き続けていて
自分を許せないでいるのは実は自分自身なのだ
ということ。

一番に、自分が自分で許せないのだ。

その罪を背負い続けることを
自分に課しているのだ。

「罪は二度とぬぐえない」と。

私は、罪を犯した人を許す人や
厚生させる仕事をしている人のことを
本当にすごい人だと前々から尊敬している。

なぜなら、私は実は潔癖すぎて
罪を許せないのだ。

一度犯した罪を許せない。

人も自分も。

取り戻してくれ、と言われたって
取り戻せない。

消せない。

けど、その事実を消せないということを
痛いほどに、刻銘に刻印してしまうのだ。

二度と犯してはならないと思えば思うほどに
刻印してしまう。

自分は自分の犯した罪を背負い続けていなければ
また罪を犯してしまいそうで怖い。

つまり許すことができない。

でも、考え方としては逆だろう。

すべてを許すことで、忘れることもできるのだろう。

いや、忘れたわけではないが、
つまりは「許す」

また、そんな罪を犯す自分ではない、
との潔癖さもある。

どんだけ潔癖なんだ、というくらい潔癖だ。

が、事実は違う。

その食い違いに苦しむ。

ゆえに、自ら「十字架を背負う」のだ。

そして、「絶対に許さないぞ!」と言っている。

それが、私の本性なのだ。

これが、私の中の、私の、自分自身の
恐ろしさです。

ずっと幼いころより、自分が恐怖で仕方なかった。

私は、この罪悪に対する潔癖さで
自分自身が、自分に恐れおののいていたのだ。

自分の本質が外にあらわになったら
どうしよう?と恐怖で、びくびくしていた。

これが、もしかしたら、
統合失調症の素因なのかもしれない
と、うすうす感じている。

これほどまでに潔癖なのが
統合失調症になる人の素因なのではないかと。

観れば、かっこうも、みぶりも、部屋も
なにもかも自堕落だ。

病気の状態のときは。

なのに、内面は、恐ろしいほど潔癖だ。

その内面は知られることはない。

ただ、外観だけをみて、自堕落だ、
ずぼら、だとまわりは思うだけだ。

この神経のからみあいにも苦しむ。

が、これから考えていくこと。

自分の罪悪感を、もう手放し
許してやること。

自分が自分を。

そのまんま。

ありのまんま。

生きていくこと。。

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