2015年10月09日

自分の体は自分が責任を持たなければならない

過去あったことだが、我が家の愛犬、
マルタが、足が動かなくなったことがあり、
動物病院に連れていったことがあった。

先生が注射をします、と言った瞬間、
マルタが歩かせたら歩けて、
先生は、そのとき、すでに、
注射器に薬を入れていて、
私が「先生歩けました」
「注射いいです」とケロッとして言うと
えらい怒られたことがあった。

すんでのところで、マルタは痛い注射を
逃れられたのだ。

足も治ったし、良かった良かったと。

なのに先生のほうは良くないのだ。

この注射器に入れた薬、俺のメンツは
どうしてくれる!?
みたいな感じだろうか?

私は、ぎりぎりのところで
気づいて良かったと安堵のため息を
しているくらいだ。

なんで悪いの?

むしろ良かったことじゃない、と思うくらいだ。

なぜ、治ったのに、注射をする理由があると?

それは私にはげせないが、
先生には「申し訳ありません。では
注射代はお支払いいたします」と言った。

でも、先生もそこで意地なのだろうか?

「いりません」と言う。

それで帰宅したが、
このことから私は、医師にすべてを任せては
いけないなと思った。

主人も医者がすべてだと思うようなところがある。

医師の言うことなら何でも信じるというのか?

医者とて一人間ではないか?

私は精神科に通っているが、
薬の量、飲み方は全部、自分に
任されている。

先生は、私を信じてくれている。

心を診れない医師など医師ではないと
私は思っている。

これも過去に、私のちょっとした
言動に、異変を感じ、
私の、肺炎を見抜いた医師がいた。

この医師も、優秀な医師だと感じた。

人間は、コミュニケーションを通して
心を読み解く機能を備えている。

それらを読めないでは医師は失格だと
思っている。

必要の無い薬や、切った張ったは
いらないし、必要ないならやる必要は無い。

それに、最近では、自己管理がやかましく
言われている。

自分の体は自分のものだから
自分が管理しなければならない。

人任せでは、下手したら
殺されてしまうかもしれない。

父も、脳腫瘍におかされ
手術をしたが、間に合わず死んでしまった。

もっと早くに気づく必要があった。

自分の体は自分で責任を持たなければならない。

『病気は才能』

考えたが、表層意識に現れていない
無意識が、心の奥にある気がする。

それは、主人も私も。

ある本を、昨夜読んだ。

『病気は才能』おのころ心平 著。

この本には、それぞれの病気にたいする
心の特徴が書かれてあり、大変興味深い内容だ。

風はなんで引くのか?

潜在的な心は、「気持ちの混乱、
一度に多くのことを抱え込む習慣」とある。

そのように、肺炎、心臓病、肝臓、ガンなどの
潜在的な心を書かれてあり、
たしかに、この問題を抱えているなと
その病気の人の性格を見ると思える。

自分もだ。

人は「目的を果たすためなら病気にもなる」
と聞いたことがある。

私の目的は「親の愛を獲得すること」だった。

それが根底にあったから、病気になったと
言えると思う。

で、得られたか?

まだ果たす目的はほかにもある。

家族の再生だ。

私は、家族の再生のためにその
目的を背負って生まれ、病気になったと
捉えている。

自分がアダルトチルドレンだと
知ったのは昨年あたりで、
それは、アダルトチルドレン、
愛着障害を克服した友人に言われて
完全、気が付いた。

依存症、共依存も、機能不全家族から
生まれると分かり、また
その依存(特にアルコール依存)者から
アダルトチルドレンは生まれると
分かった。

私の、父、母も、アルコールには
強いほうで、父方の父、祖父は
畑を打ってまで飲んだ人で
母方の父、も、またアルコールで
泥酔して、当時は、薪で炊いていた
お風呂の火が体に焼け付いて死んだ。

叔父も、生涯酒が止められず、
若くしてガンで亡くなった。

では、なぜアルコール依存症が
発生することになったのか?

アルコール依存症とは
経済発展とともに生まれたことが
分かっている。

これは大変、興味深い内容なので
これについてもまた書いていきたいと思う。

ではまた。
posted by さつき at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめな本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

経済的豊かさは心が豊かになるのが先

好きなことをして働いている
友人のことが少しうらやましいと
思っていて、だけど、働くと
今やっていること、やろうとしていることが
おろそかになるかな、といちまつの
不安もあり。。

が、しかし、心が豊かになっていくことは
否定したくなくて、こんな本を読んでいる。

『「お金の引き寄せ」の授業』奥平美衣 著

豊さが先で、お金が入ってくるのは後、
と聞いたことがあるが。

まずは心が豊かにならなければ
経済的な豊さも得られない。

こんな風に聞いたことがある。

私は心でどう思っているだろう?

「お金は遣うもの」

「ほしいものを買うものだけど、
買ったら減るもの」と
捉えているかもしれない。

だから、そこにばかり意識がいき
なかなか変わっていかないのかもしれない。

げんに、歯医者代とか、ばんばん出ていく。。

この本書では、誰もが「自分のやりたいこと」
「好きなこと」に前向きに生きていけば
豊かさの波動を発する状態になり、
経済的にもうまく回りはじめ、
満たされていくという。

あとは私の中で
「お金は誰かの犠牲のもとに入るもの」
という意識があるかも?

主人の苦労して働いたお金で生活している
とか、父の残した財産で生活している、
とか。

いつも、私は食べさせてもらっている

「やってもらっている」側の人間。

これでは能動的にはならないな。

経済的には。

仕事も今までもしてこなかったわけじゃないけど
私の稼いだお金は、今一銭も残ってないし。

肩身の狭い思いをしているのだなと。

こんな状態で、経済的豊かさを求めても
無理があるか〜。

やはり、自分で少なくても
稼ぐことをしたほうが良い気がする。

絵空事で終わりそうだ。

なんだか、マイナスダウンな終わり方だが、
明日につなげよう。

では、おやすみなさい。
posted by さつき at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめな本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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