2015年10月20日

「優しさ・思いやり」が自分を変えてくれた

前回の記事『言葉の想像性・発達しょうがい』で、
アクセス数がひさしぶりに100を越えた。

『言葉の想像性・発達しょうがい』の記事だけでは
ないだろうが、いくつか昨日はupした。

トータルで100越え。

私は、他のブログに訪問をしていないので、
この文章を読んで来てくださる方のみが
力です。

気づいたのだが、もしかしたら、
私が書いた、毎週末、主人に手紙を書いていたら
主人が週末、黙って、掃除かたづけをしてくれる
ようになった、という文章からアクセス数が
upしたのかな?と思ったりして。

みなさんが注目するとしたら
ここかな?と、主婦的目から見てそう思った。

旦那さんに手紙を書く、なんてことは
皆さん、しないかなと思うのですが、
これは、すると、意外な効果をもたらします。

ふだん、一般の人に手紙やハガキを出しても
感動されます。

最近は、メールで済ませることが多いですからね。

それが、旦那さんにだと、また感動な内容だと
さらに感動するかと思います。

家庭でのサービスは、外でするサービスよりも
大事だと、私は思っています。

お世話になった社長さんにも教わったことですが、
まず、幸せにするは自分、その自分が幸せにできないで
人を幸せにしようとしても無理。

だから、まず自分を幸せにする。

それから、次に、夫婦や家族。

その順番が逆でも、できてなかっても
幸せになるにはむつかしいということを
ここ数年、自分でもやってきてみて
気づいた。

昔は逆だった。

自分のことも、家族のこともおいておいて
まず、回りの友達や知り合いのことばかり
お世話をしていた。

でも、それは本当に本心からの
優しさや思いやりからだったろうか?
と自分に問いかけた場合、
私の内面からは「冷たさ」しか
出てこなかった。

その事実は、加藤諦三さんの本を
読んでいて気付いた。

そして、その本には、「自分の冷たさを
認めたときから優しくなれる」とあり、
このことに気づくことをすることにした。

私は、優しくなりたかった。

人に優しく、思いやりのある人に
ずっとなりたかった。

それは、こんな内面冷たい人間の回りに
優しく、思いやりのある人がたくさんいたからだ。

私は、その恩恵にあずかっていることの
ありがたさを、自分の大失敗を
大きく受け止めてくれる家族とともに、
また、静かに見守ってくれる回りのかたの
心遣いとともに知らされた。

以前にも書いたが、ペルー人の殺人事件
(統合失調症)だったと聞いているが、
もあるように、もし彼の回りにも
一人でも彼に関心を持ち、観察力を
持って彼を見てくれる人がいたなら
優しさをもって、接する人がいたなら
彼は、殺人は犯さなかったのではないだろうか?
と感じるからだ。

その事件を起こすきっかけとなった
要因は、その人自身にあるかもしれない。

けれど、回りの対応も、やはり大事だと
それを、ないがしろにもできない気がする。

げんに、近年まれに見る事件を犯した、
殺人犯と言われている少年Aとて
最近では、本を出版するまでにいたり、
更生の過程を歩いているではないか。

そこに至るまでの、回りの少年Aにたいする
サポート、更生力は、並々ならぬものが
あったと思う。

それを考えたなら、単に、あの状況で
「本を出したからどうだ、出さないほうがよかった」
の単純な、2極論で、論破する問題では
無い気がする。

自分も、いつどうなるか分からない
一人間として、「生きることの重み」
を噛みしめ、これからの人生を
さらに充実した人生にしていきたいと
思っている。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。