2015年11月30日

「好みを変えると人格が変わる」

今日は、あまり感動、感情が湧かない。

行動も、あまりやる気が起きないので、
ちょっとでも思いついたものをやってみた。

絵をクレヨンで描いてみた。

すると、本やテレビを見たくなった。

本を読んでいたら、「いつものこだわりを
変えてみる」というのがあった。

たとえば、朝、コーヒーを飲んでいるなら
紅茶にしてみる、とか。

「好みを変えると人格が変わる」とあった。

服装の好み、男性の好み、しゃべり方等、
変わるとたしかに人格変わるな〜と思った。

面白そう。

私は、『夢叶(夢を叶える像)』のDVDが
大好きで、今でも観たいとときどき思う。

最高に笑える成功法則。

主人公アスカは、私級におバカで(笑)
が、像の神様、ガネーシャが次々出していく
課題を、次々こなしていくのだ。

そのバイタリティーというか
死に物狂いの挑戦意欲が、すざまじく
激しく、美しい(笑)

後光さえ射しているように(アスカに)感じる。

今日は、ちょっと意欲がわかず、
きっかけを作るために、また
夜10時過ぎまで起きている、
というのに挑戦中なので、
こうして書いている。

ふつうに、起きていたら、コーヒーとか
飲みたくなりそう・・。

過食症は、家のものを食べつくしたら
(スナック菓子などのストックを)、
かんねんするかな?と思い、
買い足さないで、ほおっておいている。。

今日は、11月最後の日。

なんとか、今月生活費でやれたぞ

が、実は来月からが勝負や

ほんとうに、計画を、しっかり立てて
生活することに挑戦。

というよりは、普通に、「無駄買いをしない」

買い足さない。

極力あるものでまかない、
肉類、魚類も、肉は、鶏むね肉、ひき肉をよく
利用し、魚は、今は季節だからサンマや
あとは、平日は、私用に、安いメザシとかで
過ごす。

サンマは買いやね

先週も、4匹まとめて買ってきて
主人と食べて、残ったのを、サンマ混ぜご飯とかに
活用して、けっこう日持たせて、活用できたので
助かった。

またこの方法を使おう。

というわけで、またあ。

「助け合いの精神」は、ごく普通の人間関係

昨日会った友達から、「さつきさんはワンちゃんは
いるけど、ご主人いなくて一人なのに、一人で
いられるなんて強いわねえ」と言われた。

「きっと、周りにサポート体制ができてるんですねえ」と。

それは言えている。

が、一番には、「人に頼れる自分になった」ということが
強みです

「この今の自分でいるから大丈夫と思えること」
だと思います。

一人でいても、やっていけると思えるのは
その現場になると、乗り切れるし、誰にでも
話しかけられるからだ。

それは一つ自分の強みだと思う

ずっと何年も通して身に着けてきたのは
「雑談力」で、これは自然に身に付いた。

父が「雑談力」の達人で、母も「雑談力」には
長けていた。

父はいかんせん、話が脱線するところがあるものの
人からは、同じ友人の●●さんは何か話しかけずらいが
あなたのお父さんには、とても話しやすいと言われて
いたりした

母も、毒舌なわりに(笑)、耳が聞こえないわりに
母が話しかけると不思議と嫌がる人は誰も
いなかった。

母は、歯に衣をきせず、なんでもズバズバ言う人だが、
あまりにも、本当のことを言うので、周りはびっくりする
ほどだが。

贈答品を持ってきた客がいたら、目の前で
「これ2000円くらいよねえ」と言いそうなほど。。

さすがにそれはしないで、お客さんが
かえってから、値踏みをしているが・・。

値踏しないでくれるかなあ・・・。
とか思って、いつもいるが・・。

相手の目の前でも「ブス」「デブ」と平気で言う。

そこはアスペルガー的なのかな?とも思ったり。

と、話が逸れたが、私が思うに「頼らない人」
「なんでも自分でやってしまう人」が強いのではなく
むしろ「人に頼れる人」が強いのだと思います。

「頼る」と一言で言っても、これはなかなかに
むつかしいことで、私も、数年前までは
「人に頼れず、全部自分でやっていた」
が、これは非常にしんどいし、肩にも力が入るし
バリアー全開モードで、よけい人が近寄らない。

人に頼らない人って、こちらから近づいていくも
相手からはなんとなく近づいてはもらえない。

元来、人に頼れないというのは「相手のことを
信頼していないから頼れないのだし」
「そんな自分に頼ってくれない人」
なんて、相手も信頼できないだろう。

「自分から心開いてこそ頼れるし、
頼ってもらえるのは人間嫌じゃなく
むしろ自分にできることなら歓迎なのだ」

「それに人間はもともとは人の役に何か
たちたい」と思っているものだし。

そこのところの心理がわかれば
自然に人に頼れると思う。

人に自然に頼れる人はかわいいのだ。

自然に頼ってきてくれる人の中に
「この人かわいいな」と感じる人はいる。

それは男女問わずだ。

自分でなんでもする!という体制を
とるより、人間は、もともとは
持ちつ持たれつ、助け合いの精神で
生きていくのがふつうだと私は思っているので
それが普通の人間関係だと思っている。

それが自然にできれば、スムーズな
世の中になりますよ。

きっと。





2015年11月29日

自分を安易に傷つかせない受け止め方

幼いころ、母には一回教えてもらって
わからないと、二度と聞き直せない
思ったのは、二回目聞くと、怒られるから。

だから二回は二度と聞いたらいけないんだ
と思い、その後、誰からも二回聞くことはなかった。

だから、学校でも、ほかのことでも
二回聞くことはなかった。

二回聞いたらいけないと思いこんだので
わからなくても聞き直さないで、そのまま
つづけた。

だから必然的に理解していないまま
つづけるので、よく失敗ばかりして叱られた。

それは学校の勉強でも、仕事をしていても
その癖はしょうがいつきまとった。

いつからか、わからなければ聞き直しても
いいのではないか?とおもった瞬間がおとづれる。

それからは、聞き直せるようになったが
その癖が直るころは、30代も過ぎてからだった。

それまではぜったいに二回聞いてはならないと
思いこんでいいたし、一回で理解するものだ
と思いこんでいたから、一回で理解できないと
自分はバカだと思った。

しかもそれに「最低」がつく。

一回で理解できなければとにかくならないのだと
思い、できなければ「人間失格」とさえ思った。

父母も完璧主義の人で、口に出して言わなくても
子供に完璧を求めているのは手に取るように
わかったし、自分は利口でなんでもできなえれば
ならないんだと思いこんだ。

しかも一回で。

それが功を制している部分も逆にあるのか?
それが原因かどうかはわからないが、
一回目の話を聴くときは、人の何倍もの
感動、臨場感があるように感じる。

話を聴いただけなのに、現実にあった話かと
混同してしまうほどの話も中にはある。

人が死ぬ話など、自分も死ぬかのように感じるし、
人が苦しむのも、自分が同じように苦しいと感じる。

一度、母が、母の父が亡くなる様を
ありありと私に聴かせた、ということがあっが
(母の父は、当時、薪で炊く風呂だったが
酒に酔い、泥酔して、わからなくなり
薪でくべていて、その火が体に焼け付いて
体の半分以上が焼けて死んだ)
病院に運ばれたが、半分以上焼けると
皮膚呼吸ができなくなるためとか
死んでしまったのだ。

その話は、今でも目の前で祖父が焼け死ぬ姿が
思い出されて、いったい聴いた話だったか?
あるいは目の前で観たのか?わからなくなるほどだ。

だから、私は話を聴いただけで、
リアルに迫ってきて、まるで映画館で観る
劇場映画さながらなのだ。

恐ろしい話は、より恐ろしく感じるし、
面白い話は、より面白く感じる。

面白い話はいいが、恐ろしい話は
アニメだろうと、何回観ても、人が殺されるシーンなどは
観たくない、と目を覆いたくなる。
その場で人が実際に殺されている感覚になる。

と、話がそれたが、

父母は自分にたいしても完璧主義だった。

母は今でも自分が何かできなかったり
失敗すると「バカだ」という。

自分が失敗したときに「自分のことをバカ」で
片づけてしまう人って、かわいそう、て今では
思う。

バカだから本当に失敗するのだろうか?
バカだからできないのだろうか?

私はそうではないと思う。

それにいたるまでの努力が足りていなかったり
もともと不向きなことだったり、自分が不器用で
できなかったり、今はできないだけかもしれないし
もっと他の理由があると思う。

それを教えてあげたいけど、
失敗したときに「自分をバカ」と言う人に
たいしてどう言ってあげたらいいのか
いまだわからず、そのときは「また言ってる」
と思って黙って聴いている。

まあ、自分はわりに完璧主義から抜け出し
今は「失敗しても、またやればいい」と思えるから
自分は幸せだなと思う。

叩かれても、へこまされても、それでも
「踏まれても咲き誇れ野に咲く草花?」
のような気持ちでいられるから幸せだと思う。

叩かれても、へこまされても自分の人格までも
自分で侵害することないと思う。

実はそれが一番に害なんじゃないか?と
今では思える。

ある私の書き残したノートの中に
「自分を変えることはない、自分の言動、行動を
少しずつ修正していけばいいだけ」という
言葉を自分で書き写していて、そのとおりだなと
思い、入ってきた言葉だった。

誰かが言う言葉が、自分の人格を否定した
言い方なのか?それとも「言動だけを改めよ」
と言われているものなのか?は
相手の言い方を聴いていればわかると思う。

長い付き合いでもわかると思う。

また自分もそういった言い方を心がけたいと
思っている。

言い方はけっして相手の人格を否定したもの
であってはならないと思っている。

相手を傷つけたくなければ、そうしたらいいと思う。

また相手の言葉の中に、自分を故意に傷つけようと
している言葉でないことを確認すればいいと思う。

そうすれば自分は安易に傷つくことも無いかなと
思う。

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