2015年11月03日

一度も心配をかけない親を誇りに思う

ある『みんなの歌』を聴くと、母の背中を思い出し、
母を抱きしめたい気持ちになるときがある。

一度、母と、温泉旅行にいったことがある。
そのとき父もまだ健在で、父と母、私の3人で
たしか、私が運転していった。

父、母に茨城の我が家まで来てもらって(愛媛から)
出てきてもらって、1泊2日で、茨城の端のほうまで
車を走らせたかと。

横で、ちゃちゃを入れる、うるさい父と
ケンカしながら行ったっけ。。

あ、逆か。父が運転しているとき
横で私がうるさいんだった(笑)

父は、めちゃくちゃ方向音痴な
人で、かなりな比率、右に行くところを
平気で左に行く人で、私の怒りの鉄拳は(笑)
そのとき、ぶっ飛びにになる(笑)
「口頭で、だが」。

今から思えば、怖い娘だ(笑)

で、いろいろ紆余曲折しながら
いつも旅のときは現場につくのだが、
着いたころには肩で息している(笑)

会話もそう。

横道、脱線のかなり好きな父で。

旅でも、たいてい、いらんもの買うのは
父で。

母は逆に「物」に目がいかない人で
「何も買わない人」

洋服をたまに買うくらいで
何も買わない。

夫婦はうまくバランスとれてるものだ、
と、ここでも思う。

きっと二人で買っていたら今ころ、破算だ(笑)

父は駅では必ず、新聞と、そこに置いてある
チラシのたぐいはもらって帰る人で
必然的に、家に帰ると、またチラシの山で。

それが汚部屋にたまっているという状態で。

だいたいは物をかたづけられない人は
物をもらってきてはため込むタイプが多いようだ。

私も、いろんなことに興味のいく人で
父の血を引いているようだ。。

私は、父よりは、まだましで、
ちょっとはまともなもの買うし、
チラシも、いつからかもって帰らなくなった。

父は、本当に役立たないものを
集める人で。

母がいうとおり、自室は「がらくたの山」だった。

もっぱら母が父にたいして怒るのは
「その、ガラクタの山をなんとかしろ!」
というもので。

生涯言い続けた。

死んでからも言っていた。

それくらい父の「ガラクタの山」は
母の頭痛の種だったのだろう。

父のことを心配しつつも母も父のことでは
苦労したのだろう。

父が亡くなってから、すぐ便秘が治ってしまい、
それまで夜中に、夜食を食べる癖があったが
それも止んで、逆に元気になった。

眠れだしたのもそのころからだ。

状況は、母が父を苦しめていたと
思われていたが、回りもそう思っていたが
わからないものだなと思った。

で、先の『みんなの歌』で、母を抱きしめたくなる、
というものだが、その3人で、旅行にいった際、
母と、一緒に、久しぶりに、お風呂に入った。

そのとき、母の背中を流しながら、
涙がぽろぽろこぼれて、母がそれに気づき
「なにを・・・」と言いながら、
母の背中を洗えなくなり泣いている
私のタオルを横取りして自分で洗いだした
ということがある。

それから、私が8年前倒れて
実家に帰ったとき、座敷で寝ていた
私が朝方起きて、母の寝ているテレビの部屋へいき、
母のぬけがらの穴の空いた布団に
私がもぐりこんで、また母のぬくもりに
泣き出すと、また母が「なにを・・・」と
言って、私の寝ている布団をポンポンとたたいた。

遠く1000キロ離れた場所で
『みんなの歌』を聴いて、母のことを
思い出してしまった。

ふだん、親に心のかからない、親不孝な娘だが。

叔母から間接的に「お母さんは、畑に出て毎日元気にしている」
と聞いて、電話をかけてこなくても、元気にしていると
聞いて、ほっとした。

電話をしてきても、耳の遠い母とは
一方通行なのが、切なくて。

だまって聞いているだけだが。

それでも、母の話を聞いていると
この話を、聴き続けてきた父の忍耐についてや
母のさみしさなどが、胸に伝わってきて
電話ごしに泣くこともある。

だまっているから、母にはわからない。

母は、私がセンチメンタルになって
何か言おうと泣きだすと、
横で「ぶっ!」とかオナラするような人だ。

シリアスとは、まったく縁の無い人だ。

そんな母の、そんなところが
実は好きなんです。

無頓着な、まったく場の空気の読めない人だが
それでも、普段から良いことをしようと
人に、何かとしてあげている母は
なぜか周りに守られている感を受ける。

だから、母は大丈夫だと、心のどこかで
思っている。

母なら大丈夫だ。と思えること。

娘に、そう思わせることのできる
親の態度が、また誇らしい。

遠く離れて暮らしていても、娘は
半不良だが(笑)、親に心配ばかりかけるが
親は、一度も娘に心配などかけさせなかった。

それは立派だと思う。

ちゃんと自分のことは自分でできる。

70歳を過ぎた今でも。

それは、わが親ながら素晴らしいと思う。

これからも元気でいてね。

お母さん。

原因は「悩み」ではなく「悩みを発生させる元」

今日は、せっかくの公園でのウォーキングの日だが、
雨で、残念。。

雨でも、お茶の集いはあるが、どうしようか?
感がえ中。

昨夜は、夕方5時から、うとうとして、8時まで寝て、
それから、起きていて、12時に、眠れそうにないので
久々に、眠剤を飲んで寝た。

夜中にup!の、布団の上を、ゴゾゴゾ歩き回る
物音で目が覚め、階下に降りていったが、
おトイレでも、なく、なんだったんだ?と。。

夜中に目覚めたのが、2時ころ、それから
またぼ〜として、ソファーで寝て
起きたら4時。

トータルは6時間睡眠。

久しぶりの、一応4時起きだ。

いつもは、夜中の2時とかに起きている。

起きて作業をしている。

せめて、このくらいに、いつも目が覚めてくれたら
いいのに、と思う。

寝付くのは、9時とかで。

が、理想的。

雨の音を聴いていたが、今、波の音楽を
流している。

最近は、朝の散歩のとき、ひざを極力上げて
歩くように気をつけている。

ある薬局屋で、ほんの少しの段差につまづいたことから、
また、主人にも散歩中に、歩き方の話しになり
「さつきは、足を引きずって歩いている、から
靴底が減るんだ」との指摘があり、
それか、気を付けて、ひざを上げて歩くようにしている。

ランニング的なことをしていたら、
右足を痛めたことも、きっかけになった。

自転車をしているときも、
自転車から降りるとき、
大股で、足をひらりと開いておろしている。

でないと、意外に、自分が思っているほど
足は、ひらいてないことが多く、
自転車にひっかける可能性があるからだ。

これも、一度、自転車からおりるとき
自転車ごと、こけたことがきっかけだ。

なにごとも、早め早めの対処が大事で
「このくらい」と思って、ほおっておいたら
あとあと、ひどいことになりかねないから。

8年前に倒れた教訓は、今、このように
生かされている。

だから、少しでも、体に異変があると
病院で診てもらったり、また食べ物を変えたり
とかもしている。

歯も同じで、今は気になるのは
虫歯は「怒り」をもっている人がなりやすいと。
ようするに、口の中が「酸性?」だかに
なると良くない?のだったかな?

ちょくちょく歯を磨くことを心がけることと
加え、甘いものを、あまり食べないこと。

が、なかなか甘いものは控えられないのだが。

「怒り」をなんとか処理したいが。

デンタルグロスも、昨夜からはじめた。

意外に虫歯になりやすいのが、歯と歯茎の間。

これは歯と歯の隙間を磨くしかないだろうと
思う。

心と体はつながっているから
一部が悪いと、ほかのところもどんどん悪くなる。

すべてが良い人は、すべて良い。

すべて良いか、すべて悪いか、
のどちらかになってくる。

加藤諦三さんの本の中にも
「原因」は悩みでは無いとあった。

「悩み」を発生させる元を断たないと
ならないのだなと思う。

私は、いまだ問題だらけだから
一つ一つ改善していきたい。

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