2015年11月17日

自然が与えてくれる恵とひらめき

自然からの恩恵は実際、大きいと感じた
今日一日だった。

自然と触れ合うことで、ひらめくものがあり、
出逢う人があり、心に喜びがあり、
生き返る感覚がする。

そして、夕方あることをしていたら
考えが湧いてきた。

これからは、毎日、自然と触れ合おう。
そして、部屋を二階に移そう。

電磁波のある一階には極力いないことにしよう。

それで、できる何かがあるはずだ。

それで受ける、得られることが
何かあるはずだ。

状況が悪いなら変えればいい。

環境なり、立場なり。

やっていることを変えればいい。

私は今首コリが、4年以上保持していて
これをなんとかしたい。

すっきりしたいのだ。

もうどうしてもいられない。

それには、機械と離れることだと思った。

やらなければ状況は変わっていかない。

テレビはほとんど観ていないから
テレビからの電磁波は少ないはずだ。

それでも、パソコンは一日中つけて
いるし、携帯も使う。

電子レンジや、デッキ、コピー機などからも
見えない電磁波は出ていると聴いている。

私はとくにそういったものに敏感で
苦手だ。

今まで無理無理やってきたことが
馬鹿らしく思える日もくるかもしれない。

そうして、また考えていることがある。

「畑」をやりたいのだ。

近所の畑を所有したい。

短い人生の中で、土に触れる機会を持つことは
得難い経験に感じる。

父も母も、いつも土に触れていたおかげで
いつも元気だった。

これが、ここ数日で芽生えてきた
感覚だ。

流れに添うことをしている。

今ままでそれでうまくいってきた。

そして、いろんな人と触れ合いたい。

散歩をするだけで、みんな笑顔で
声をかけてくれる。

「幸せ」と感じる。

満たすは「物」より「心」

「副交感神経を優位にすると病気は治る」
というテーマのブログは「消化する力が落ちると
老化しやすい」というテーマに変更しました。

先日、近所の奥さんと、話していて
「副交感神経が優位でもよくないんじゃあ?
両方がバランスとれてていいんだよね」
と言われ、ああ、そういえばそうだったなと
思い出し、あのテーマは変えようと思ったわけで。

ブログ内の内容の中にある言葉に置き換えました。

で、その交感神経、副交感神経について
少し思うところがあったので書いてみようと思います。

ここ2日連続で自転車をやりましたが、
やはり思い立って動きたいときに動くと
ことのほか気分がよく、汗をかいて
そのあとシャワーを浴びると爽快で、
気分がリフレッシュできて、
その後の動きが違ってくることに気づきました。

どうしても家の中にいると、頭ばかりを
使う習性のある私は、工夫して体をときおり
動かしてないと、「脳みそが〜〜〜ああ!!」
みたいな〜状態になってしまい。

バリ、体を動かしたほうがいいようなんですよね〜。

こういった状態は、交感神経がやや優位になって
いる状態かな?と思うものですが。

昼間は、やや交感神経が優位ぐらいの
状態になっていないと、「戦闘態勢でいないと(笑)」
いざというとき動けないし、
常に、用事であっても、こなし続けることは
むつかしいと感じました。

うまく潤滑よく回っていってるな
と、今日の一日は感じました。

最近では、ご近所の奥さんと極力
でかけたり、お昼をともにしたりして
それも、実は工夫。

人と会ったりするのもいい。

それだけで気分はリフレッシュできて
また予定をこなすことができる。

そういうコツを覚えたというか。

思い悩むより、行動に移してしまえば
いいかな、て思いました。
どんどんやっていけばやがて
波に乗ってくるだろうし。

お金のことなども、あまり心配しないで
やりたいことをしている分には
たとえば、お昼を、ご近所の奥さんの
ぶん作ったとしても、そうたいした
出費ではないし、その分
気分がリフレッシュできて
気持ちも満たされたなら、よけいな
お金も使わないかなと思いました。

げんに、無駄遣いが減っていっています。

やはり、満たすは、「物」ではなく
「心」だな、と思います。

ではまたあ。

「あのことがあったからこそ」と喜べるだろうか?

人生の中で、一時の転落や破綻といったことは
多かれ少なかれあると思います。

だけど、「今が幸せなら過去のこともすべて
幸せになるんだ」と言った友人の言葉に
感銘を受け、私もそうなりたいと思い
種まきをしてきました。

たとえば、私なら、8年前に倒れて
記憶すらできない状態になった「あれ」を
「今喜べるか?」というと「喜べます」

たとえば、2年前くらいに「一年間引きこもりに
なってしまった」「あれ」を「今喜べるか?」
というと喜べます。

8年前の「それ」も、2年前の「あれ」も、
すべて喜べるのは「今が幸せだから」

倒れたあのとき、あきらめて「闇」
に向かったなら、今の私は無かった。

2年前、「友人の一言で」「人間不信に陥り」
「もう誰とも付き合わない!」と本当に
お蔵にでもこもった状態になってしまっていたら
今の私は無かった。

それでも諦めず、周りの人の助けを借りながらも
友人の優しさ、言葉を借りながらも、
自分で「明るいほうへ」「明るいほうへ」
と心して種まきをしてきたから、
今の幸せがあると自負します。

周りにも感謝しつつも、
そこは「自分がやったこと」と
自分のしたことを認めてやらないと
「私なんか」という低い価値観に陥りそうだから
あえて、こう言います。

そうして「努力は積み重ねの上に成り立っている」
ということや、「人と人とはつながっている」
「流れの中に人生はある」という様々なことを
学んでいきました。

そんな中、無理に人と人との間に
「立石を立てたり」「断絶したり」といった
行為をとっていると、自分と相手もまるで
わからなくなってしまうと私は思いました。

敏感すぎる人が人間関係のそれが
むつかしいのと同じで、誰の人間関係も
やはり何かしらの問題が生じており、
誰の人間関係にも苦しみはつきものだと思います。

そのなか、自分なりの努力を積み重ねていくことで
道は開けるのかな、と今思っています。

いくら、自分が苦しいのだからと言って
相手にそれを押し付けたり、聴いてもらってばかりでは
解決にならないし、きっとその状態だと、数年後も
やはり同じ行為をしていると思うから
私は、そこから卒業することに決めました。

「あのことがあったからこそ」と今を喜べるだろうか?

その「あのこと」は、とても不幸な事実を言います。

「だから今があるんだ」と思えたなら
すべての過去の不幸な現実が幸せに転じ変わります。

友人のブログは『「過去」は「自分」で変えられる!!』という
題のブログですが、今現在の種まきを変えていけば
その一つ一つを変えていけば、つらかった過去も
逆に栄光にさえ変えられると友人のブログを読んでいても
思います。

とても勇気づけられるブログですので
みなさん、よかったらアメーバーブログですが
一度覗きにいってみてみてください。

中には、めちゃくちゃ激しい、友人と私の
「バトル対決」が面白い場面も過去ブログの
記事の中にはあります。

私のは、「バトル」というよりも
問題提議で、友人を悩ませて怒らせて
ばかりですが(笑)。

よろしくです

『敏感すぎて困っている自分の対処法』

今朝起きたら、両太ももあたりが
プルプルする、というか、なんか変?
あ〜、たぶん昨日、サイクリングしたからかな?
と。

で、昨日あたりの友人のブログに自分の
今課題としているテーマが書かれてあったかな?
と、これも、「そうかな?」とよく
自分で吟味してみることにする。

とりあえず、保存バージョンにして、と。

あとは、ソファーで寝ることに対しての
対策を朝ひらめいて、さっそく今日から実施する
ことにした。

それから、昨日のブログの記事に書いた
「自分のことをする」というテーマだが、
それについても、昨日本を読んでいたら
気付きで、『敏感すぎて困っている自分の対処法』
高田明和 監督 宛田純子 著
という本の中に「自分の境界線を
作るには、人の課題に介入しないこと」とあり、
あ〜と思った。

私は多く人に介入してきた感があるので
あ〜それで境界線ができなかったのかな?と
思った。

人間関係の悩みの多くは、人の課題に介入したり
自分の課題に介入されたりして、混乱することから生じる。

とある。

相手を望ましい方向へ導こうと口を挟むのではなく
一切の条件をつけず相手を信じ、相手を勇気づけることに
とどめることこそが、相手と良好な関係を維持できるのだ
と、あった。

「境界を作ることは見離すことでも冷たいことでも
ないのかもしれない。むしろ、信じて任せたほうが
相手も失敗しながら経験を積んで力を蓄えていける
でしょう

「それに介入もコントロールもしない人にこそ、
必要なときに素直に助けを求めていけるように感じます」

とあった。

「自分の束縛しているものから解放されることはとても大事なこと

「人を気遣うことも大切ですが、度が過ぎればそれが
見えない支配となって、自分の意思を持つことを奪う
結果になる」と。

日本では周りと仲よくやっていく和の精神が尊ばれるので
境界をつくることに抵抗があるかもしれないが、

適切な境界感覚が無いままだと、情緒的な不安定さや
問題行動につながっていくので、かえってマイナスらしい。

たとえば親の束縛で適切な境界をつくることができなかった
子供は思春期になると、拒食や過食になったり、
薬に走ったりするケースもあると言います。

子供からすれば自分の体なのに、親にコントロールされて
ばかりですから、そんな体なら、いっそのこと
破壊してしまおうと、ヤケになってしまうのだそうです。

これらの境界を作ることの大切さや、
また境界はどうやって作るのか?その作り方も
書かれてあるので、自分が敏感するぎる、と思われる
方は、読んでみられたらいいかな、思います。

ではまたあ。

posted by さつき at 05:08| Comment(0) | TrackBack(0) | おすすめな本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心身を安らげるために

日曜に、ご近所の奥さんのお宅で
話をしていて、思ったが、
奥さんも、別れた友人のことが
気になるらしく、どうしているかなあ
ということで話されていましたが。

そのお友達が別れるときに、
「もう、お互いに自分のことをしましょう」
のようなことを言われたと。

奥さんは、おせっかいではなかったと
思うが、友達の相談ごとに乗っていたから
心配で、と言われる。

その話を聴いていて、思ったが、
私自身も、人のこと、よりも
自分のことで、まだまだできてないことが
ある気がした。

もっともっと足元に目を落として
自分のことをする必要があるのかなと
思った。

本当は、このブログを書くことよりも
もっと、近日しなければならないことや
あと、自分自身への投資や、
準備や、そういったことをしなければ
と思う。

「やる気が無い」ことを逃げの方策に
していないだろうか?

だったら、なぜやる気が起きないのか?
考えるとか。

昼間も自分と自問自答していた。

いろいろと自分と対話してわかったこともある。

それから、機械類に囲まれている
この日常から抜け出し、本当、一日中
森林浴をするとか、ぐらいしてもいいと思う。

機械に囲まれすぎてると、心理的に圧迫感を
感じる。

だいたい不自然だ。

これで人間の心身が安らぐはずがない。

頭内爆発音も、いまだ時々発生している。

考えてみなければならない。

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