2015年11月28日

「できる」と思う心と実際には「できない」ことの間のズレ

昨日は主人の誕生日で、夜軽くバースデェーパーティー
とまではいかないが、私が野菜ホットケーキを作った。

とまあ、昨日は、さんざんな一日で、主人的には
「誕生日なのに・・・」逆に印象に残る誕生日
だったのではないだろうか?(笑)

おとといの夜までは、近所の良い料亭に外食に行くだの
言っていたのが、簡単な誕生日会になってしまった。

が、多少?その後、主人の顔が、ほころんだ?
ようにも見えたが?それは私のケーキ?のせい?
それとも、面白いテレビのせい?とか考えたが・・。

いずれにせよ、一晩寝て、しかも私が今日はいつになく
朝5時までちゃんと布団で寝てたから、少しは機嫌が
いいだろう、と思っている。

昨日は病気のことについても言われたが、
「誰も何も言ってくれなくなったら、
一人で全部しないとならないんだぞ
と言われ、ああ、言ってもらえるのはありがたいな
と思った。

それと、「自分の都合の良いときだけ病気に逃げる」
というのも、実は何度も言われているのに
何度も懲りずに使っている手段で。

今回は、主人の言葉を、よおく胸に入れて聴くように
しているので、主人の言っている言葉を聴いていると
少しわかるところも出てきて、自分なりに考えたが
「私は自分の都合の良いときにだけ自分の病気を
引っ張り出してきて利用し、また自分に都合が悪くなると
その言ったこと(病気だから仕事ができない)とか
(病気だから仕事辞める)とか自分が言ったことも忘れるのだな」
とわかった。

「自分のパターンがわかりました」と主人に言った。

が、そのあと主人が「全部がそうではないけどね」
と優しく言ってくれたので、なんだか安らいだ。

「どうせ、俺の言ったことも忘れるんだろ!」とか
私「紙に書きました」と言うと、
「その紙も20分後には無くすんだろ!」と言われ
(よく私のこと見えてるな、そのとおり、と内心思いながらも)
「無くしません!というより頭に入れました!」
と言う。

一つ記憶するときに自分で心がけたいな、と思うのは
「感情とセットで記憶する」ということ。
何か意味づけをするといいかもしれない。

あと、仕事を辞めると言うことだけれど
「最初その仕事を勤めだす頃は「できる」と思って
はじめるのだ」
が、やりだすと途中でできなくなる・・・。

主人がサイクリングなどのときにいつも
言うのが「今日はサイクリングできるか?」と
聴かれたときに「できる」と言うからでかけるのに
途中で「しんどい」とか言って帰ってくるはめに、
「だったら最初から言え!」と言われてしまう・・。

私も「最初からできないことがわかっていたら
楽だけど、それがわからず最初は「できる」と
思うのだ」

「それなんだけど、「最初はできる」と思うけど
やってみたらできない、というのはつまり脳と心と
体がバラバラなんじゃないか?て思うんだけど」
と主人に話してみると、主人は、「そこは病気なのかも
しれないね」と言った。

で、至った私の中の考えは(これは過去、波動の教室に
参加したときも言われたが統合失調症は「脳と心と体が
バラバラ」と言われたことを思い出し、なら
「脳と心と体」を一致させれば統合失調症は治るのでは
ないだろうか?と考えた。

どうやっていくか?まだ感がえ中だが、
やっていってみたいと思う。

私が朝こうして、パソコンしている姿も
本当はあまり観たくないのだろうな〜(主人は)
と背後で視線を感じながらも(笑)、
2時とかからやってないからいいか〜と思いつつ、
では、これから、朝ごはんのしたくにとりかかります!

ではび〜

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