2015年12月16日

「飽きる脳」ルーティンが苦手が、ルーティンが助けに!

気分屋で、超飽きっぽい私は、「同じことをするのが嫌い」
なので、「毎日同じ時間に同じにタイムカード押し」
のような仕事が、実は苦手です。

それに気づいたのは、結婚して仕事に就いて
(31歳ころかな?5年間専業主婦をしてから
祖母が亡くなったことをきっかけに仕事を
始めたら今度は仕事人生になった)。

まず、今までに3年以上続いた仕事って無いのですが
(自慢にもならないですが)、だいたい3年がめどで
飽きて、その仕事に見切りをつける。

だいたい、ルーティンが嫌いだから
同じレジ打ち3年もやってられない。
同じケーキ作り3年もやってられない。
同じガソリン入れてられない←違う種類なら
いいのか?て、そういう意味じゃない。。

つまり、なんでも、物事に飽きるのだ。

この飽きっぽいことは、すでに子供のころから
発生していて、洋服に飽きる、部屋の模様変えは
しょっちゅうする。

思春期を過ぎると、ヘアースタイルに飽きる。
ころころ変える。

だいたいが、長続きしない。

たとえば、年賀状。

これに、ある年は、50枚以上あったと思われる
友人の年賀状に、全部違う絵を描いて言葉も
全部違えて送った。

その年賀状を書いているそばで母が見て
「みんな違う人なんだからなんでそんなに
全部違うように書く必要ないじゃない?」と
言った。

ところが違うのだ。

そこが私のこだわりでもあり、また
飽きっぽい性格の私は、同じことを書いていたら
描いていたら、つまらないのだ。

飽きるのだ。

同じ作業がつまりすごく苦手。

だから、一度就いた職を20年、30年と
続けられるという感覚がわからない。

だから自営業なら、その店を建ててまで
自営業、しないだろうな、思うし、
(続かないでつぶしたら申し訳ない)、
やるんだったら、私の場合、
途中で変更前提としてやる。

だから、もちろん、その店をつぶすつもりでやる(笑)。

昔は、主人が「一度決めたことを変えること」
を、すごく嫌い、が、私はその考えが
すごく嫌いで、ものすごく怖くて、
その考え方が。

だって、最初に決めたことに絶対的に
変えてはならない、そのまま進め
と言われたら、気持ちが変わったら
どうするの?て聞きたい。

最近では変更可能になってきたが、
それも私がイレギュラーな人で
ことごとくやりだしたことを変更する人
なんで、それについていっている主人としては
「またかよ〜おい」ということで
翻弄されて(笑)

で、この人は変更有りな人だな
と思ったかどうか?

「最初に言え」て、その最初て何?
みたいな人で(笑)

「おまえのは変更しすぎだ」とか言われて(笑)

「気持ち変わりすぎ」言われて(笑)

で、「ルーティンが苦手」という話をしたのですが、
今は、この「ルーティン」に助けられている部分もあり、
たとえば、「同じ時間」というわけにはいかないけど
だいたい同じ時間に、シャワーを浴び、着替えて
ヘアーを整え、化粧をして、いつものネックレスをして
いつものピアスをして、ということができるようになり。

それって、イチローがいつも「朝カレー」で元気づけるのと
似てる?て思って。

イチローの「毎日素振り100回?1000回」とかと似てる?
とか。

つまり、自分にとってのジンクス的なものを
毎日繰り返す作業が「強み」にもなる的なあ。

この癖は、長年つかなかったのですよねえ、
長年生きてきて。

だいたい、アクセサリーもいつも飽きるから
毎回違うのをして、飽きたらまた買ってとかして。

それでだいたい散財したようなもので。

洋服も同じ。

「飽きる」これが私の散財の原因の大きな要因です。

「物にも飽きる」し「物事にも飽きる

「人間に飽きる」ということはほぼ無いようなのですが。

これは自分が変わりさえすれば飽きることはないだろうし。

今は毎日変わっていく自分を感じながら
毎日違う風景を(同じものを見ても)感じるので
毎日飽きないです。

楽しい。

今のスピード時代も、自分には楽しいですねえ。

スピードもともと速いし。自分。

でも、のんきなの。

アンビバレンツ。

ではあ。

「自虐的妄想」「天国と地獄」の落差・統合失調症の世界

私は、潜在的に、ものすごくダークなもの、
ダークな考えを持っているのを知っています。

それは、ネガティブを通り越した、先にある
超越した恐ろしさにも似ていて、
それが、「八百屋お七」を思わせる世界のような
または、「アンネの日記」のアンネの、最後の
結末のような・・。

そんな怖さを、恐怖を含んでいます。

昨日も、とある場所へ行き、帰りがけに
線路を踏み越えた先に、車を走らせたとき
そこを過ぎたとき、恐ろしい妄想に襲われました。

こういうときは、一瞬にしてやってきます。

ここには書けないような、恐ろしい妄想です。

自虐的妄想とも言えるのですが、自分をそういう
状況に妄想して、私は一体何を得たいのだろう?
といぶかるようなものです。

それから、昨夜の夜更けにも、愛犬、up!が
ご飯を食べないでいたら、今朝も食べなかったので
お腹が、ペタンコになり、また一瞬で、
自分が、病状がひどくて、ご飯を食べようとしなかった
ときのことを思い出し、ひどく恐ろしい恐怖体験を
思い出してしまった。

そのときの私も、やつれて、ガリガリでした。

精神的な状況で、ご飯を食べられない状態は
まさに恐怖で、それが夜更けだと背中に旋律が
走ります。

それに加え、孤独であれば、2重、3重をもの
苦しみです。

その自分が陥った心理と、父の最後に
ご飯が食べられなかった心理を重ね合わせて
何度も想像してしまう。

相手が苦しければ苦しいほど、
それを自分に重ね合わせて、イメージしてしまう。

また、私の陥ったその心理とはまた
違った、想像もできないきっと苦しみだったのだと
私は思います。

何度も言うように、それを想像したところで
一体、自分に何のメリットがあるのだ?
と問われたとしても、ほとんど自動思考的に
想像、妄想して、それが強力すぎて、
とめることがほとんどできないでいます。

が、それとは真逆に、いかにも夢心地に
浸ることもします。

それが、両極端な揺れ幅で、「天国と地獄」の
ように、やってくる。

世界が展開する、というのが
統合失調症の持つ、世界観なのかなあ、
て、自分では思っています。

それが私の持つ世界観なので。

昨日の線路での妄想がきっかけで
この記事を書くことにしました。

自分でも、克服できるものならしたいと
思っている部分なので。

「嫌な言葉」「死ね」とかは、
最近はあまり意識しないからか
「やることがどんどんあるからか」
「楽しいからか」
あまりその言葉自体に、執着しなくなったというか
あまり考えないですねえ。

だから、いつか、その恐ろしい妄想、
自虐的妄想も、知らない間に消えてたよ、
となるのかも?
と思ったりも、かすかにしたり・・。

昨日、腰痛の痛みを感じるのも
「脳の癖」みたいなことをテレビでやっていたので
なんとなく私のも「脳の癖」なのかなあ、
て思いました。

不安や、「また来るかも?」みたいな
恐怖感て。

その腰痛を克服するのに、なんと
「犬を飼う」ということが挙げられていたので、
「え!?」て思わず、絶句して
(笑)が出てきてうれしかった。

うちはすでに2匹、犬を飼っているから。

そして、主人が腰痛持ちで、
これはトライするチャンスだ

と思ったものです。

さらに、これが実績となればまた
世の中に発表して、貢献できるな

と思ったものです。

すでに主人は、毎週末、落ち葉拾いや
洗車や、どんどんしてくれていて、
動きまわってますが、最近は、
あまり「腰が痛い」と言わない気がします。

昨夜も、そう主人にLINEしたら、
「マルタとup!(愛犬)に助けてもらおう!」
とLINEがきました。

「そうだね。私も良くなることを思っています」
とLINE返しました。

犬を飼いだした奥さんは、旦那さんからの
犬はプレゼントで、犬と散歩にいったり
しているうちに、動きだし、やっているうちに
「腰の痛みが気にならなくなり治ってしまった」
というものでした。

これから、また楽しみができました。

ほんと!楽しみです。



2015年12月15日

「本当の優しさ」の意味を考えるとき

昨日、あることで、気づきがあった。

誰かを、何かに、お誘いするとき、
果たして、本当に相手の立場になっているだろうか?
と思う出来事が、2・3あった。

それは友人に指摘されて気が付いたのだが。

「何かがずれている」と、そのことで感じた。

でも、ズレいても、今はいいのかな?

私は、完璧主義なのか?
誰かに何かを指摘されたときに、
なぜ、最初に気づかなかったんだ!?
とか、なぜ、人に気づけて、自分に気づけないんだ!?
というような厳しい批判の目で人に指摘されている
自分を、さらに自分が追い込むように指摘する、
という癖を昔から保持しています。

それは、些細なことかもしれないし、
人によっては、「気付くか、気づかないか」くらいの
内容かもしれなくても、「自分がそれに気づかなかったこと」
を執拗に責めます。

これは、私の父も、この特徴を持っていて、
で、私は基本、指摘魔なので、父のことも
生前は、指摘しまくっていたのですが、
(自分でも、怖い娘だと思います。私が父親で、
あんなに指摘されたら、娘の前でも、平気で泣くかもしれない)

これは、たぶん、潜在的に、
母に叱られている、私を守ってくれなかった
父への、「腹いせ」なのだと思います。

表面は、優しそうに装っていても、
内面では、「なんで、父親として、母親に
ガツンと一発!言ってくれないのよ
的な思いで、猛攻撃を繰り返していたのだと
思います。

本来、男というものは、「か弱き女」を
守るのが責務、と思っているようなところが
私にはあり、その役目を果たさない男は
男じゃないと猛攻撃するようなものを
潜在的に持っているような気がします。

が、優しい父だからこそ、「本心思っている気持ち」
を一度も言えないまま、本心は隠し持ったまま、
ほかのことで猛攻撃するのだから、たまったもの
じゃなかったなあ、と今は反省しています。

が、本質に迫らないで、他のことで、
攻撃するのは、逆に言うと、卑怯なやり方だと
「本来の治療する場所以外のところにメスを
何度も入れているような」卑劣なやり方だと
いうことも、今の時点なら見えます。

それは、私の歪んで育ってしまった性格が
そうさせたとは言え、父親と、もっと父娘らしい
穏やかで、やわらかい会話ができたら良かったと
気づいたのは、父が亡くなってからでした。

父の亡くなる一年ほど前には、
私も、あることに気づいていき、
父に、できるだけ、優しい言葉をかけるよう
努力はしていましたが、時すでに遅しで
父はその後、まもなく帰らぬ人となってしまいました。

でも、あの猛攻撃に、ただただ、耐えるばかりの
父親の心中はいかばかりか?

母親に厳しいことも言えない父の
私に対する負い目ではなかったか?

母に攻撃を受け、私に攻撃を受け、
ただただ叩かれるままにしている父。

それははたで見ていても、非常に痛いものです。

でも、今でも思う。

あれが本当の父のとるべき態度だったのだろうか?と。

「本当の優しさ」について考えるとき、
私はいつも父の姿を思い浮かべ、
「本当の優しさ」の意味を考えてしまうのです。

「自分がただ耐えればいい」と本人は思っている
かもしれない。

けれど、「自分さえ」の思いが、実はほかの
誰かを、別のところで苦しめてはいないだろうか?と
考えると、本当に「自分さえ耐えれば」それで
まあるくおさまるのか?

本当に、周りじゅう幸せになるの?

と問いたくなる。

あるドラマで、元宝塚月組の男役トップスターだった
天海祐希の出ているドラマを見ていたとき、
天海祐希は、どうも、同性愛者?で、
ある女性(内田ゆき)と同棲していたが、
実は数年前に一緒に結婚?していた男性がいて、
その男性とよりを戻したくて、
で、その男性と、老人施設だかで働いて
みんなを幸せにしたい、という思いを抱き
その男性のもとに走る。

が、それは同時に、同棲していてた
女性(内田ゆき)と、その娘(小学1・2年生くらい)
を傷つけることになる。

そのときのやりとりの中で
「私はみんなを幸せにしたいの」と泣き叫ぶ
天海祐希。

が、実際には、同棲していた女性(内田ゆき)と
その娘は不幸にすることになるのだ。

「自分の選択が正しいのか、どうか、分からなくなった」
「自分は人を幸せにしたいと思っているのに、実際には
不幸にする人が表れる」
「本当にこれでいいのか、わからなくなった」
と言う。

すると、周りの人が助言をする。

「今は、一時不幸にするだけだよ」
「それでも、誰かを不幸にしても、今一番しなければ
いけないことは、自分をまず幸せにすることだ
「自分を幸せにできない人が人を幸せにできる
はずなどないよ」
と言う。

これは、私は友人や、いろんな人から始終言われてきた
言葉だった。

この言葉をかけ続けてもらえたおかげで
ある意味、自分は目覚めることができた。

父と私の違っていた点は、こんな風に言ってもらえる
人が周りにいなかったのではないだろうか?
と思う。

それは、やがて、父を不幸な最後へと
向かわせることになってしまい、
私も、父と一緒に幸せになることを望んでいた
だけに、ものすごく、やるせなくて、つらい思いを
したし、今もその思いは潜在的に抱えていて
今でも父の亡くなる姿を何度も回想してしまうが、
この思いは消さないで、大切に持っていようと
思っている。

脳腫瘍の手術をした後、(通算三回も頭を開いたのだが)
そんな厳しいハードな手術を終えた後、
父が、普通食のご飯を
食べたと看護師さんより聞いて、びっくりしたが、
それが実質、父の最後の食事となる。

どんなものを食べたのか、見れなかったのだが、
父はその病院食を、どんな思いで食べただろうか?
砂を噛むような思いだったのではないか?と
考えると、自分がご飯を食べているときでも
思い出し涙が流れてきて、泣きながら昼ご飯を
一人で食べているときもある。

その父の食事をしている、私の見ていない姿までもが
(それはもうトラウマ的だが)
目に焼き付いているように私には目の前に父がいるように
ハッキリと見えてくるのだ。

過去はこの人の死が、自分には衝劇が強すぎて
体調が悪くなっていた。

統合失調症が発症するきっかけも
引っ越し、転職、死別、など大きな出来事が
きっかけとなることが多いとされている。

父の葬式の準備の間中、もうろうとして
横になり、葬式の手配は、全部、叔母と弟に任せて
やってもらった。

母も鬱だから。

そのときの自分が今でも情けない。

が、叔母と弟がいなかったら、
私は何もできなかっただろうから、
感謝している。

あのときほど、自分の無力さを痛感した
ときはなかった。

父の目の前に見えてくる、その姿が、
細くて表情の無い、悲しい顔で
思い出し、何度も、何度も泣くのです。

でも、この思いは私は大切に父が最後に
私に教えていってくれた大切なこととして
胸に刻んでおきたいのです。

不幸に亡くなっていく人だとしても
人には、「無常」というものすごい
メッセージを残して逝くのです。

これは大切な宝です。

胸に刻んで私は決して忘れない。

忘れないでいたい。

そして、ここで言わせてください。

お父さん、「大好き」

今でも、いつまでも私の永遠のお父さんです

「ありがとう」

ほんとうに、ありがとう。

いつまでも。いつまでも。。。

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