2015年12月27日

「浸食していく」こと。ネガポジがポジィテブに?

さきほどの記事を削除しましたので、お詫びとして
もう一つ記事書きます。

最近、めっちゃ、明るくなってきた私ですが。

以前は、めっちゃ、ダーク。

ネガポジな私でした。

最近は、以前思い起こしていた、
すんごくダークなイメージが、さほど
思い起こらなくなってきており、
はて?明るさ全開にしているから
ネガティブになる暇が無いのかな?と
思ったりして・・。

それは、良かった。

なんというか、ネガティブな自分の領域を
ポジィティブな自分が押し寄せていき
その範囲を広め、侵略でもするような
イメージというか。

が、しかし、以前、言葉のほうは
「死ね」の言葉は、変わらずあります。

なぜ、この言葉がいつも頭をかすめるのか?
わからないままです。

本当に、私は幼いころより、「死」にたいして
縁が強いというか、それ関連のことが
本当に巻き起こる人で。

自分に対しても、周りの人も、
ダークな事件が、付きまとっていました。

それは、やがて、人というものは
「死」を避けては通れないし、
やがて誰の身にもくることだから、
「死」を厳粛なものとして、受け止められる
ようになった今では、その自分の業も
ありがたいと思える。

それに関する、自分の使命のようなものも
感覚的に感じるようになってきた。

自分の最後も考える。

自分が最後、どんな風に終えるのか、
その最後も決めておきたいような気持なのだ。

自分の死に方を決められなかった父を
見て、そう思った。

最後、人に命をゆだねることになった
父の姿(脳腫瘍で侵されて)、
(私も、過去、因縁のこの今の病気に
侵されて、自分で判断できず、人に
判断をゆだねるより他なかった運命を
思うと)、自分の最後くらいは、
自分で決めたいと思うようになってきた。

人生を、ある程度生きてきたら、
自分がどんな死に方をするかも、
ある程度予測できるようになってくるのでは
ないだろうか?
と、なんとなく思うのだ。

そんな予測できないで、いきなり来るのは
暗い、怖い、つらい。

いきなりでなくても、怖いが。

できたら、予測できて、遺言も書けて、
最後の言葉とか言えるくらいの力を
お与えくださいませ、と誰にともなく
念じたりして・・。

最近の夢は、そういったもので
最後に願うもので、となると
やはり、私の内面はダークなのだなあと
思うものだが。。

仕方ない。

幼いころに、病気ばかりしていて
内向的な性格だったもの。

おかげで、すごく敏感に育った。

今は、なんとか、カバーできている
部分もあるが。

だいぶん、耐性はできてきているが。

いかん!咳が出てきた。

では、これで。

風邪ではないので、ご心配なく〜。

ではび〜。

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