2016年03月31日

ミイラ取りがミイラに

依存現象がとまりません

何に依存しているかと言うと、
人にスマホに、買い物依存に、アルコールに、
あ、アルコールは、今は適度に楽しめているので
依存てほどではなく・・。

が、これらも、身近にいる主人にさえ、
さほど気づかれない程度のもので・・。

だから中途半端だからして、逆に治りにくい
と言えるのかなあ?と思ったり。

それに、一人暮らしですしね、
私、一応。

気楽な一人暮らしの主婦・・。

犬、二匹と暮らしいま・しぇ〜!!

あちょ!!

う〜ん、依存症て、一応病気で、
で、治りにくいらしいですねえ。

本人は、もちろん苦しいだろうし。

が、自覚症状が無い?のかな?

まず、自分が依存症である、てことに
気づくことがむつかしいし、まず
依存症で、病院へ行く人もあまり
いないような気もします。

立派な病気なんですがね。

昔の人(うちの親戚のおじさんも、
母の父もそうでしたが)は、アルコール依存症で
いわゆる、ただの「大酒のみ」ということで
カタ付けられて、それが、翌朝には
けろっとして、働きに行くものだから
たいして問題にもされず、
働けていたら、生活できていたら
まあ、周りは「病気」とは思わないだろうし、
「困った人」くらいなもので、
子供もいたら、まず離婚も考えないし。

昔の女の人は忍耐強かったから
ひたすら耐えたのでしょうね。

子供のために。

けなげです・・。

そのアルコール依存症から生まれた子供が
アダルトチルドレンとなる、という話は
過去にしましたが。

私も、実は、何を隠そう、アダルトチルドレンです。

両親は、アルコール依存症とまでは
いってなかったですが、酒はめっぽう飲むほうでした。

母は隠れ酒豪と聞いていました。

人前では飲まないけど。

それ系の血筋引いてて、私も若い頃は
かなり飲みました。

で、今は、そのアルコールよりも
問題なのは、「食べ物」。

これに、はまり。

おいしい店の看板が目の前にチラつく。。

おいしいものに目がななってしまい。

で、昼夜となく食べるようになってしまい。

デブる一方。

なぜなら、仕事をせず家にいるし、
夢中になることと言えば、スマホくらいで。

読書も、最近下火になり・・。

目指す目標が、今一つ定まってないこともあり。

まだまだブレる部分があり。

中心軸が、この春になり、ブレはじめました。

なんだか、ほんわかするし。

春の陽気で。。
とにかく好きなことは、前からしているけれど
苦しみも減ってきているし、むしろ幸福感のほうが
多いけれど、なんだかうまくいかないこの頃。。

発達障害支援センターに電話しようか?
それとも、発達障害専門病院へ行こうか?
友人と会って気付きをいただこうか?
いろいろ考え中です。

が、手を打たないのは、さほど苦しくもないから、
なんとかやれてるからではないかと・・。

この辺もちゅと半端で。

で、一応は、やらなきゃいけないことは
問題を抱えたまんま、前に進めている。

といった具合。

最近、ちらほら、催眠治療で得た学びを思い出したり
過去学んだことを思い出しながら、また初心にかえるか〜
などと一人考えることもありますが・・。

また、たまあに、ちらっと、やはり小説家を
目指すべく、何かの行動をとるか?

はたまた発達障害関係の、仕事へ乗り出す
きっかけを見つけるか?

ちらっとは考えるものの、まだ種まきの一歩にも
いたってない状態です。

保留の件を、カタ付けてからにするか・・。

そうこうしているうちに、ご近所の奥さんに
誘われて、とりあえず、ストレス溜まってるし
ウォーキング行くか!となり、歩きだす・・。

なんだか、ふらふらしてるなあ。

季節だからか?

雑多な縁に合いやすい人だしなあ。

また、何に引っかかるかしれない・・。

とほ!

趣味のサイクリングも、ボクササイズも
今は休止な感じです。

とにかく、お金のことも、また心配になってきて、
いつまで続くかしれない、自分の預金通帳を
眺めていますっ!

減っていくばかしで・・。

とほ!

マイナスなことは書きたくなかったのだけど。

現状把握もできない、金銭感覚の、ほとほと無い、
買い物依存症な人なんで・・。

で、だんだん買うものが、豊な傾向になってくるし。

つまりは良い物嗜好になってきた・・。

まずい!!

やはり、人間、いったん楽を覚えると
いかんねえ。

堕落してくるわ・・・・。

主人が、あまりに趣味の無いのに
まずは、私から始めるか〜と思い
サイクリングも始めたが、なんだか
ミイラ取りがミイラになった感じよ。。

とほ!

主人も、サイクリングもはじめ、
月一回の、水戸へのドライブも楽しみにして
いるようだし、菜園も。

だんだん趣味が広がっていき、
楽しいは楽しいが、心も豊かにはなるが
お金は、この調子で続けていくと
いつか底をつきそうだ。

私も近じか、働くつもり。

主人は反対するが。

そうも言ってられないだろう。

今まで家にいて、楽をしてきたのだから
もうそろそろ、外に出てもいいころだと。

も思う。

まだ、家の中は完全には整っていないが、
見切り発車をしないと間に合わないかもしれない。

預金が0になったら、かなり痛いから。

当面の調べでは、今預金がたとえ0でも
50才からでも、夫婦で共働きすれば
老後は、さほど苦労せず暮らせるお金は
貯まるとあったから。

それに老人になったら、必然的に遣うお金が
減る、、とあったが。

が、逆に医療費はかかったりして。。

と、ならないように、今から健康にも留意したい。

と思っている。

健康でいれば、お金はさほどかかない
というのも調査済みだ。

というわけで、依存の話のつもりが
お金の話に変わったが・・。

これでいったん置きます。
posted by さつき at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 依存症と私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

夜中に鬼が出よるで!!

「この腐れ外道が

と、ののしるところから、入りましょかあ。

何を、ののしっているのかといいますと、
まず、自分のことです。

主人に、主人の読んでいる、LINEに
良いことばかり書いて、いまだに
「良い子ちゃん」している自分が、
その「善人面」が、いきなり
許せんなって、夜中に豹変するんよ

主人に対して、本当の自分を現さない
「隠した自分」でいることにイラ立ちを覚え、
「なにさらしとんじゃわ〜れ〜
と、「鬼の」、もう一人の「さつき」が
現れるのだ。

私が、ブチ切れるといったら
たいてい「自分に対して」

「本当の自分で、ぶつかってこんかい
と思っているわりには、本当の自分を現さない。

で、こそこそ、こんな風にブログに書いたりしている。

が、いつかは、現すかもね??

このフラストレーション現象にも
今までの経験からいくと、いつかリミットがきて
黄色信号から、赤点滅になったら、
きっと、私は、自ら地雷を踏むわ

というわけで、朝食作ってますから。

いったん置きます。
posted by さつき at 06:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 依存症と私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

依存症改善は、まず自分が依存症だと気づくとこから

依存症について調べていくうちに、
ついには、性犯罪の項目までいってしまったが・・。

ストーカー的な、項目なら、私も
当てはまってなくもなく(笑)

笑いごとでもなく、そういった目で見ていくと
健全な人と、そうでない人の境目って
微妙で、ようするには、「犯罪」に手を染めてないか
染めているか?のレベルで、観ていくしか
無いのでは?と思ってみたり。。

ストーカー的行為なら、普通に恋愛でも
多少は起こるだろうし、近所のそれとて
ストーカー的な、ご近所さんて、
なんらかの形でいると思う。。

犯罪に手を染めるレベルでなければ、
生きていくのに、さほど支障が無ければ、
「依存していも」それが「依存」だとは
わからないのではないだろうか?

では、「紐」?は、どうなるだろう?
同棲関係で。

いわゆる、「自分は働かないで食べさせて
もらっている人」

それとて、ある人から見たら、
「仕事しないで、ただ好きな趣味している人」
「どこも依存ではない」と言う人とているくらいだ。

その関係が、ドメステックであっても、
嫌々養ってやっているとしても。

そこに、双方の合意があればいい?
のだろうか?

その「食べさせてもらっている」
「あがりこんでいる」女性は、
相手の男性に、おがみたおして
養ってもらっているらしく、
逆にその男性は、さみしさから
その女性と離れられず、面倒を見ているという。

なんとも、奇妙な関係だ、と思うのだが。

その関係は、養っている男性が病気にでもなるか
働けなくなると終わる。

し、また女性が、病気になったとしても、
その男性が病気になった彼女の面倒をみる
という保証もない。

つまりは、お金がつきたら
その縁は切れることになる。

そんな薄っぺらな関係でつながれている
という事実は、どうでもいいのだろうか?

もう一つ、共依存の実例を見てみた。

ある、インターネット調べ。

会社の上司と部下の関係で、
上司が男性、部下が女性。

この二人は、どうやら、どちらも
親から愛されなかったようだ。

部下は、アルコール依存症の親に育てられていた。

甘い優しい言葉で、部下が辞めようとすると
引き留める上司。

ふだんから、その彼女のために仕事の
方向性を変えるなど、異常なまでの
親切心を見せるらしい。

彼女が落ち込むと、上司も同じく落ち込むと。

この一緒になって落ち込む、というのが
まさに、「幼児性」らしく、
ふつう健全な人なら、自分が落ち込むと
相手が元気になれないし励ませないのが分かるから
落ち込まない。

励ますか。

あるいは、少し声を低めて、同調して
慰める行為をとるとか。

いずれかだと思う。

また、「愛されなかった人は「愛の言葉に弱い」」
と言われるように、それらの人は、綺麗な言葉に弱い、
また言葉をそのまま鵜呑みにする、という傾向があるらしい。

また、「上司のお言葉は嬉しいけれども、
今の関係性にはふさわしくない」というように
事実の整理、部分否定、部分肯定ができるかどうか。

相手に、本音を言ってみて、本気で、
ちゃんと対応してくれたなら
相手は、本当に、あなたのことを思っているし、
「依存ではない」らしい。

もし、どちらかが相手を必要としなくなった
時に、自分の願望が満たされたり、
逆に全く満たされなかったときに
関係は一変して豹変すると。

相手の自然な心の自由や変化を許さない、
というのはそういうことらしい。

そこで関係性は崩れると。

そのまま関係を続けてそれで終わるわけはない。

相手は、もっとの要求をしてくる。

だいたが、相手を束縛し、自由を奪う行動をとる人は
依存している。

自分のことしか考えられない人。

相手を、ペットと同じにしか見ていない。

それで、そうされるほうも、その行動を
受け入れ、相手の言葉を歪曲して、自分なりの
解釈をしてしまうような人は、そうされるほうも
相手に依存しているらしい。

依存しないことが強い生き方、というのも
自立できてない人の発想だとか。

人間は本来、依存しないでは生きられない動物だから
でしょう。

それを分かった上で、互いに、個々の自由を尊重し、
自分が幸せにしてもらう、というのではなく
相手を幸せにしたい、と思う能動的なものでなければ
それは幸せとは呼ばないらしい。

こちらから相手に、働きかける姿勢が無い場合は、
関係性を深めないほうがいい、
というのは、能動的な姿勢が無ければ
相手の正体が見えないかららしい。

その関係性で、関係を深めていくことは
危険だと思う。

それはつまりペットのような従順な関係性に
支配されていく、という構図になると思う。

白か黒かでものごとをとらえている、とも言われる。

というような調べだった。

ちょっと、調べた個所をそのまま書いたような
感もあるが。

また、こういったいくつかの実例から
書きだしたほうが、より分かりやすいと感じるので
書いていって、自分との比較や、検討をしていきたいと
思いまっす!



posted by さつき at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 依存症と私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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