2014年09月30日

発達障害は、面白い

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夜中に、この本を、読んで、ゲラゲラと笑った。

私も似たようなものだが、発達障害の生きづらさは、ギャグにもなる。

本人は、もちろん、苦しいのだが。

例えば、好き嫌いはあるのに、直前に、気分で変えてしまう、とか。

コンビニへ行くと、全ての商品を見て買ってしまう、とか。
普通の人なら、目的の物を手にして、出口までの時間に、3分とかからないのだそうだ。

テレビショッピングは、全てが、自分に語りかけているように聞こえる、とか。
必然的に、見る物、ほとんどを購入してしまう。

汚部屋。
これも、そう。

私も、一年前までは、まったく、片付いてなかった。
主人に促され続けること、20年の歳月の後、ある日、近藤まりえさんの、魔法の片付け法に出会い、ときめく物だけを残す、という方法で、やっと、片付けに、拍車がかかり、片付いていった。
今現在、完成に近い状態。

いくらちゃんと、片付けている人と暮らしても、どうやって片付けていいのか?物がどうやって定位置に収まるのか?また、収めるのか?何がなんだか?何が基準なのか?何から手をつけていいのか?いつも、何も、分かってない状態で、とにかく、上澄みだけを、ちょちょいと片付けて、本気で、全部片付いていると思っていた。私の場合は。

ただ、片付いていない、と指摘されても、え?何が?どこが?だって、毎日、こんなに、片付けてるのに?何で?と、意味が、分からない。

主人が、私の片付け方を見ていて、言った言葉が、「右から左に物を移してるだけだ」でした。

そう言われて、あ、そう。て、また、右から左に移す、そういうことを、繰り返すこと、数百回、数千回、既に20年が経過した。

と言われても、分からないんだなあ。

何がなんでこうなるのか?

片付け方なんて、生まれてこのかた、教わったことないから、全部自分流。

やる気は、あるのだ。

中学の頃は、毎週末自分の部屋の片付けを、一日中していた。

ファッション雑誌が好きで、押入れに入れている雑誌を、毎回、出してきては、片付け始めるのだが、気がついたら、読みふけり、いつも、夕方だった。

毎週末欠かさずやる割には、一つも綺麗に、片付いたことがない。

なんでだか?考えてみたこともない。

友達がいなかったから、片付ける時間んは、一日中あった。
だから、何も考えず、ただ出しては、入れてを、繰り返していた。

ある日リビングの押入れも片付けようと、やり始めると、母が、奇声を発して止めたので、怖くなって、それ以来やらない。

リビングの押入れは、今だ片付いたことがない。

母もまた、片付けられない人なのだ。

父も片付けられず、母は、それをいつも指摘していた。

はたから見てるほうは、目糞鼻くそを笑うだ。

そんな訳で、大方片付いた家に住んだことがなかった。

が、主人の出現で、結婚して20年後に始めて、片付いた家とはこういうものなのだ、ということを知ることになる。

発達障害は、えてして、バカにされやすい。

しかし、幼少期から、ちゃんとそれなりの療育を施せば、普通の子供には無い良い面を見せ、実は才能にもたけているのです。

しかし、残念なことに、発達障害と気づかれずに、普通のことができないと、実の親にさえ、いじめられるケースが見られ、下手したら、二次的災害の、鬱や、統合失調症などの、精神疾患を引きおこしてしまいます。

私がそうだったかは、今の段階では判断できないのですが、もしかすると?と、思い当たる節が、本書を読んでいても感じます。

もし、何らかの形で、後の発達障害の子供たちの役に、たてれば、自分自身は幸せかな、と思っています。

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