2016年04月01日

みんな私の欲しいものには見向きもしないんだ!!

前記事が、母のことで、思い起こしてしまった。

幼いころから、お金のために働いてきた
父と母。

あるとき、母が弟に「こんなに買ってやってるのに
何が文句あるんだ!!」と言っているのを聴いて
やっぱり、そういう考えだったのか!!

と、母の考え、教育方針が見えた気がして
がっくりと肩を落としたときがあった。

たしかに、父母は、戦後の貧しい暮らしの中
豊かになるために一生懸命に汗水たらして
働いてきた。

けど、私はそんなことより、お父さん、お母さんには
一緒に遊んで欲しかった。

遊んだ経験なんて一度もない。

それに、相談にも乗ってもらいたかったし
話も聴いてもらいたかったし、
ちゃんとした解決方法も欲しかった。

が、それらは全くと言っていいほど
期待はできないのを知っていたから
ああ、うちの親はこうなんだから仕方ない
あきらめて生きるよりほかにないんだ、
と、あきらめの境地で生きてきた。

一人でいつも悩み考えなければならなかった。

子供の悩みなど、全く関心はなかった。

子供というのは、ご飯を与えていれば
学校に入れておけば、それで自分たちは
とにかく朝から晩まで働く。

ただ、それのルーティン。

そんな毎日だった。

これが人生か、と思うとむなしくて
早く人生が終わり、早く歳をとり
おばあさんになり、死ぬのが夢だった。

まさか自分が自殺するはめになるとは
思わなかったが、もしかしたら死ぬかも?
とは思っていた。

そうして、私の望みは、「愛」と「希望」と「夢」
であった。

それらが欲しかった。

そして「心の友」を、心底求めていた。

そうして、「芸術」

それらがあれば良かった。

が、周りの大人たちにとっては
「そんなもの」だった。

むなしかった。

それらが無いなら、私には生きる意味は
なかった。

早く死んだほうが良かった。

なんのために産まれてきたのだろう?
生きているのだろう?

ずっと苦悩してきた。

生きる甲斐を感じなかった。

生きている感覚すらなかった。

指を切れば、血が流れる。

だから、確かに生きているのだろうが、
実感が無いのだ。

生きている感覚てこんな感じじゃないはずだ??

いつも感覚が無くて、おかしかった。

ずっと、本心を、心を奥深く押し込めて生きた
結果、死んでいるように生きていたのかもしれない。

実際、当時の私の顔は青白く、表情が無く
痩せこけて、そんな写真ばかりだ。

そんな私を見て「どこかおかしいのか?
病気か?大丈夫か?」という
気づかいも、親から一度も聞いたことも無い。

そういったことは、いつも無頓着で気づかない親だった。

どこか違う気がする、がどこが違うのか?
わからない。

もやもやしたままときは過ぎた。

20才のとき、統合失調症と診断された。

くるときがきた!と思った。

私はそれである意味、親に復讐を遂げたのかもしれない。

二度と返らない自分の青春を犠牲にしてまで
得たかったものは、何だったのか?

そのとき出た答えは「愛」だと思った。

私は親の愛を獲得するために病気になったのだ。

が、いまだに、獲得できていない、、

が、それは、理想の愛でなくても
また親から与えられなくとも、
自分が自分の親になってやることで
得られたから、それでいいんだ。

そう思っている。

やはり縁がくれば、思い起こしもするし
怒りも出るが。

自分の人生だから、

それに誰に止められることもなく
大人なんだし自由なんだし、
どう生きたって、どっちに転んだって
自分の人生なんだ。

そう開き直れば、さほど怖いことも無い気がする。

そんな感じで。

母のことから、昔話になってしまった。

またあ。

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