2016年04月11日

アリとキリギリスのその後の話(変え話)

本田健さん的に言っても、心屋仁之助さん的に
言っても、今やりたいことをやらなければ損というか、
けっきょく、Aをやりたかったけど、Bをやったら、
最終的にCをやったあげく、AもBもやるはめになり
全部やった。

という話があるが。

けっきょく全部やることになっていて。

その順番がどれでも、最終的には全部やるのだ。

のような話がある。

私的にもそれだ。

それな!て、うなずける。

私の夢は、幼いころから、画家、作家になるのが
夢だった。

が、兼業農家の子供に生まれ、畑仕事も
手伝わされたり、苦手な事務系の仕事やったり、
営業も、販売もやった。

映画館の仕事も、肉体労働も、流れ作業も、
受付嬢も、一連の仕事は、だいたいやった。

プロジェクトも。

が、それを通過して、保育の仕事がめぐってきた。

この保育の仕事で、私は統合できた。

仕事にたいしては。

この流れできたかあ、と思った。

保育の仕事で、今までやってきた仕事が
全部生かされた。

で、身に着けたことは、すべて、今やっている
あることに生かされているし。

すべて無駄ではなかったなと思える。

昔は「積み重ね」と言われてもイメージできず、
ぶつ切りのそれだったが。

てんで、バラバラで、つながりも何もあった
ものじゃなかったが。

これがいったい、どこでどういう風につながるのか?
なんなのか?自分でも、わからず、無意識に
やってきたが。

思うがままにやってきた。

どんなに、どん底に堕ちても、
そこには、私を拾う人が必ずいた。

そこに甘んじているわけではない。

家族の言葉は大事だな、とあるとき思い
なかなか家族の言葉だけに聴けないという
話を聴くが、たいていが主人が
「気をつけろよ」と言ったときは
肝に銘じて気を付けるようにしている。

今まで私を助けてきてくれた主人の言葉だからだ。

「おまえは、俺がいなくなったら、どうするんだ」

と、泣きそうになりながら言う主人を
傍目に、いつも笑っている私。

自分の性格は、知っているから。

「今泣いたカラスが笑った」

とか。

「泣いたら泣いた分だけ強くなれ」

とか。

「一生笑ってろ!そしたらなんとかなる」

みたいな、名言を残す女。

外国人の、青年と電車の中で知り合って
お世話やいていたら、二人とも迷子になりそうになり、
周りの人に助けてもらい。

その話を聞いた主人が、「聞いてたら
お前が心配やわ」と言われ。

それでも、海外でも、道がわからずとも
アパートに帰ってくる人で。

英語がしゃべれなくても、肉屋で、きちんと
グラム量り売りで、肉買って
料理して、主人を迎える。

ちゃんと、海外から、エアメールまで出してる。

どうやったかも、もう覚えてないけど、
世界中どこでも共通するのは「スマイル」だな
って、そのときも思った。

笑ってたら、たいてい助けてくれる。

主人は「困ったら泣け!」と言うが(笑)

困ったら泣いたら、女の子は、周りが、
みんな助けてくれるものだと信じている主人。

主人は、紳士なのだ。

私より、ず〜と、ず〜と心優しく、
人のことを悪く言わない。

私が、ちょっと誰かのことを指摘しても
すぐその人をカバーする。

フォローする。

「いや。●●●●●だったんじゃないかなあ?」というふうに。

あ。話しは、キリギリスのその後だった・・。

キリギリスは、夏の暑い盛りに、遊びほうけていたら、
寒い冬がきて、食べ物も何もなくて、凍えて、
アリさんの、お家に、いっても、アリさんは、
「あなたは、私たちが暑い夏の盛りに、一生懸命
働いていても、遊びほうけて、冬のために蓄えて
おかなかったから、今そんなになってるんですよ」
と言って、閉めだしたとか?

アリも、アリだなあ。

けっこう冷たいなあ。

とか、思う。

で、私は、この話を勝手に変えてしまう。

こうだ。

働くことしか知らないアリさんは、くそ真面目で
頭堅物で、せっかくため込んだ家の中で、
何もすることが思い浮かばず、たいくつで
死にそうだった。

そこに、ゆかいなキリギリスさんがやってきて
ちょうどよかった。

中にお入りなさい、と言って招き入れた。

そうして、ゆかいなキリギリスさんは、
素晴らしくユーモラスな人だったので
みんなを楽しませて、みんな楽しくて
幸せに暮らしたとさ。

おわり。

はは!

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