2016年04月04日

「愛」鍵を持ってくるためだけに・・・

昨日は、さんざんな一日だった。。

いつものように、主人を、お昼過ぎ、
駅まで送り、その足で、万博記念公園に
愛犬マルタとup!を車に乗せて走り、
行った。

散歩をして、近くにいた、大人や子供
犬たちと、遊びたわむれてから帰宅すると、
げ!鍵持ってない!!

そうなのです。主人と私、個々に家の鍵を
持っているのですが、私の鍵を持たずに
家を出て、で玄関の鍵を閉めたのが
主人の鍵で。

マルタ、up!のお世話に夢中になり
つい鍵のことを忘れてしまった。

なぜか、主人が閉めてくれたから
それでいい、よしよし、なんて思って
車に乗って運転した。

はれ?

なんなん?

て。

気が付いたら。

そういうことで。

で、こういうとき、本性が出る、
というか、女が長生きする、女のほうが
強い言われる所以がわかる気がするものだが。

一応、主人にメールしておいてと。

ご近所の奥さんとこに、今日は泊めて
いただこう!そう思い、ご近所の奥さんの
帰りを待ちながら縁側で、なんだか無意識に買って
きていた、「のり弁」を食べて(笑)

あとで振り返ると、その後の事件を察知していたかのような?
行動を、とっているのですよねえ。

なぜ?弁当を買った?とか。

なぜ?犬を連れて出た?とか。

いろいろ。

考えると、潜在意識は、私が鍵を置いて出る
という結末をあたかも知っていたかのような?

そのおかげで、ご近所の奥さんに
昨日、ぎりぎり話さなければならなかった
話を、ご近所の奥さんのお宅で、
夕飯をいただきながら(また、
しょうこにもなく食う(笑))、
話すことができ。

で、その後の展開にもつながったのだ。

なあるほど〜。

なるようになってるのね〜て、
ここでも思った。

最近の出来事は、発展性が多い。

転んでも、ただでは起きないと言った
昔の友人の格言を思い出すが、
私もまさに、その展開になってきつつある(笑)

ただたんに痛い思いだけせえへんで〜みたいなあ(笑)

それに、私は「目の前のハプニングを楽しむ
傾向が昔からある。

で、すでに、そのハプニングが起きている
状態から、これをネタにしよう
と、ニヤリ( ̄▽ ̄)としながら
行動していたりする(笑)

だから、大変だ〜とかはならず
まずとりあえず弁当食って考えるか〜みたいな。。

このあたりが、どうも、人からは
「超のんき」と言われる所以らしい(笑)

人が見たら、優雅に自宅の縁側で犬二匹と
たわむれながら、のり弁食べて、
「花見でもしてるのね〜優雅ね〜」
くらいにしか見えないだろう・・。

実は、締め出しくらわされてるとも知らず・・。

しめしめ・・。

なんやそれ??

と、その状況を思いっきり、実況中継したり
して、楽しんでしまうのだ。

が、主人には気を遣う。

ふつう、こういう場合、かわいい女の人なら
「ねえ、鍵いまから持ってきて〜
て甘えるのだろうが、そこは私の場合は違う。

しっかりモードが作動して、どう対処したら
いいかまで詳細に、メールで送る。

かわいくない女なのだ。

まるで人の、考え、行動を信頼していない
というか、頼りにしていないのか?

「思いっきり身を預けてみろ

な〜んて、よう言わんやろなあ、

こんなめんどくさい女には(笑)



というわけで、なんだか、ブラックな愛の
表現で・・。

主人に結局、一番近い駅まで、鍵を持ってきて
もらったわけだが。。

改札口で、一言「気を付けて帰れよ」と言い、
また改札口を通りぬけ、Uターンする主人。

夜風が染みて・・・。

駅員さんが、その様子を横目で見ていて・・。

昼間のケンカを思い出され、すこし
しんみり・・そして、「かっこいい
て、少し思ってしまった。

うひっ

(勝手にせい!)か?(笑)

なにも言わず、なにも怒らず
2時間以上もかけて、鍵一個持ってくるために
通算4時間もの間、電車にただ乗る男。

おまけに、その日は、いったん川崎に
帰ったのをまた戻ってきたわけだから
通算、8時間もの間電車に乗ってたわけだ。

主人は、私が病気のときもタイから
飛行機で飛んでかえってかけつけてくれた。

つきあっていたときも、茨城と愛媛で
1000キロの距離を、いつも往復していた。

私のために。

私の顔見たさに。

ただそれだけのために・・。

いかん。思い出すと涙が出てきた・・。

そういう苦労を、本当はいとわない主人。

ふだんは、でん!とかまえて、
箸一本自分で動かそうとしない
亭主関白な人だが。

そういう苦労は進んでやる人。

いま、涙うるうるです。

あかんわ〜。

涙腺軽い・・。

ごめんね。

このまえ、ひどいことブログに書いて。

いきなり豹変する、人ですが。。

こんな二面性も三面性も、
二十面相も、持ったみょうちくりんな女を
好きでいてくれて、ありがとう

私も、大好きよ

ダーリン

2016年04月01日

みんな私の欲しいものには見向きもしないんだ!!

前記事が、母のことで、思い起こしてしまった。

幼いころから、お金のために働いてきた
父と母。

あるとき、母が弟に「こんなに買ってやってるのに
何が文句あるんだ!!」と言っているのを聴いて
やっぱり、そういう考えだったのか!!

と、母の考え、教育方針が見えた気がして
がっくりと肩を落としたときがあった。

たしかに、父母は、戦後の貧しい暮らしの中
豊かになるために一生懸命に汗水たらして
働いてきた。

けど、私はそんなことより、お父さん、お母さんには
一緒に遊んで欲しかった。

遊んだ経験なんて一度もない。

それに、相談にも乗ってもらいたかったし
話も聴いてもらいたかったし、
ちゃんとした解決方法も欲しかった。

が、それらは全くと言っていいほど
期待はできないのを知っていたから
ああ、うちの親はこうなんだから仕方ない
あきらめて生きるよりほかにないんだ、
と、あきらめの境地で生きてきた。

一人でいつも悩み考えなければならなかった。

子供の悩みなど、全く関心はなかった。

子供というのは、ご飯を与えていれば
学校に入れておけば、それで自分たちは
とにかく朝から晩まで働く。

ただ、それのルーティン。

そんな毎日だった。

これが人生か、と思うとむなしくて
早く人生が終わり、早く歳をとり
おばあさんになり、死ぬのが夢だった。

まさか自分が自殺するはめになるとは
思わなかったが、もしかしたら死ぬかも?
とは思っていた。

そうして、私の望みは、「愛」と「希望」と「夢」
であった。

それらが欲しかった。

そして「心の友」を、心底求めていた。

そうして、「芸術」

それらがあれば良かった。

が、周りの大人たちにとっては
「そんなもの」だった。

むなしかった。

それらが無いなら、私には生きる意味は
なかった。

早く死んだほうが良かった。

なんのために産まれてきたのだろう?
生きているのだろう?

ずっと苦悩してきた。

生きる甲斐を感じなかった。

生きている感覚すらなかった。

指を切れば、血が流れる。

だから、確かに生きているのだろうが、
実感が無いのだ。

生きている感覚てこんな感じじゃないはずだ??

いつも感覚が無くて、おかしかった。

ずっと、本心を、心を奥深く押し込めて生きた
結果、死んでいるように生きていたのかもしれない。

実際、当時の私の顔は青白く、表情が無く
痩せこけて、そんな写真ばかりだ。

そんな私を見て「どこかおかしいのか?
病気か?大丈夫か?」という
気づかいも、親から一度も聞いたことも無い。

そういったことは、いつも無頓着で気づかない親だった。

どこか違う気がする、がどこが違うのか?
わからない。

もやもやしたままときは過ぎた。

20才のとき、統合失調症と診断された。

くるときがきた!と思った。

私はそれである意味、親に復讐を遂げたのかもしれない。

二度と返らない自分の青春を犠牲にしてまで
得たかったものは、何だったのか?

そのとき出た答えは「愛」だと思った。

私は親の愛を獲得するために病気になったのだ。

が、いまだに、獲得できていない、、

が、それは、理想の愛でなくても
また親から与えられなくとも、
自分が自分の親になってやることで
得られたから、それでいいんだ。

そう思っている。

やはり縁がくれば、思い起こしもするし
怒りも出るが。

自分の人生だから、

それに誰に止められることもなく
大人なんだし自由なんだし、
どう生きたって、どっちに転んだって
自分の人生なんだ。

そう開き直れば、さほど怖いことも無い気がする。

そんな感じで。

母のことから、昔話になってしまった。

またあ。

大事にしたいと思う行動をとってよ。

母から、2・3日前から電話がかかってきていたのは
知っていた。

が、出なかった。

タイミング悪く、食事中とか。。いろいろあった。

が、母が電話に出ると、電話口で
「どこか出かけていたのか?」と、
私が出かけていた前提で決めつけて話しする様が
また腹がたつ。

ちょうど虫の居所が悪かった。

母が、私のことだけならともかく
主人は太っているか?と聴いてくるので
むかっ!として「そんなことあんたに
関係ないやろ
と、大きな声で叫んでしまった。

つい、幼いころに、母に叱られたときのまま
戻ってしまう。

何もいえず、ただひたすら耐えたあのころの
自分の怒りが放出してしまう。

やはり縁がくると、縁に触れると
怒りがあらわになり、どなり散らしてしまう。

止められない。

イライラする。

ほかの人や主人になら普通に忍耐できることが
こと母になると、どうしても抑えがきかず
いつもの抑えているものが全部放出してしまうのだ。

親だと言いやすいというのもあるのかもしれない。

親は、子供が何をしようが、縁は切れないからなあ。

それを、安楽椅子に、こしかけているのか?

言いたいことはあっても、
母の一方通行の話に、こちらは言いたいこともいえず
聴いているばかりで、イライラしてくる。

あんたにどれだけ言いたいことがあるか

おかげで、私は、日記に、ブログに
書きなぐり

永遠に書き続けているわよ

まあ、このエネルギーはある意味
あなたが、私を抑圧したから
それで爆発的なエネルギーの放出に今
なっているから、それのおかげもあるけどね。

話通じないのは、本当つらいわよ。

親子らしい会話なんか一度もないわ。

気づかい?思いやり?そんな言葉大人になって
初めて知ったわ。

慰め、という言葉も。

今縁ある人と出逢えなければ
生涯知らないままで生きていたかもしれないわ。

親を大事にしなければならないのは
わかるけど、だったら、大事にしたいと
思う行動をとってよ、て思う。

無理。。。だろうなあ。。。。



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